――じゃあ物々交換ってことで。同じようなもんだけど。


 彼はわたしが差し出したティッシュを受けとり、わたしは彼の差し出したティッシュを受けとった。『即日即金高収入☆』と印字されたチラシの挟まったティッシュは、中身はほとんど空だった。


 ――うわ、これじゃフェアじゃないな。ごめん、返すわ。


 彼はあわてて謝ってきたけれど、わたしは断った。くしゃくしゃになったほとんど空っぽのティッシュを返したくはなかった。

 ありがとう。彼とわたしはやっぱり同時に頭を下げてから、別々の方向へと歩きだした。

 なにかが剥がれ落ちたように、視界は明るくなっていた。信じていい男の人だって、わたしの運命の人だって、きっとどこかにいるのだろう。それがナオくんじゃなかったというだけで。

 それからわたしは、ときおり彼を思い出した。

 赤に縁どられた大きな黒目。無造作すぎる髪に、不揃いすぎる無精髭。高くも低くもない声は、わたしの耳に心地よく残った。

 いつかまた、彼に会えたら。

 そう思ったけれど、この広い世界でふたたび会えるとは考えにくかった。だから正美ちゃんの大学の学食で彼を見つけたときにはびっくりした。