でっちゃんがキィキィ鳴きはじめる。いちばん泣きたいのは先輩だろう。さっきまでわたしを愛でていた手がぶるぶる震えている。わたしへの、嫌悪と軽蔑を込めて。

 つやつやの瞳は、もうどこにもにない。

「せ、先輩っ。わたし」

「おれ、おまえがこわいわ」

 手紙をポケットに押し入れ、先輩は足早に出ていった。でっちゃんはぴたりと鳴き止み、今度はわたしが泣いた。

 先輩とわたしは「はじめまして」じゃなかった。

 飲み会よりもずっと前に会っていたわたしを、先輩は忘れていた。いや、「忘れていた」じゃなくて、そもそも覚えていなかったのだろう。

 制服のうえに分厚いコートを着ていたころ、ナオくんと別れたわたしは虚無のど真ん中にいた。泣いて、怒って、暴れて。また泣いて。そんなことを何度も繰り返しているうちに、ぜんぶが真っ白になった。

『今夜は雪が降るでしょう。交通機関においても遅延や運休が――』

 ニュースキャスターの言葉は耳をすり抜け、わたしはふらふら街を歩いた。もう男の人なんか信じない、と地球上の半分ほどの生き物を恨みながら。