「歌わないんですか?」

「いい。歌わない」

 先輩がしかめっ面で言うと、須永さんはいやらしい笑みを浮かべた。

「キヨちゃん。こいつね、すっごい音痴なんだよ」

「え、そうなんですか?」

「うん、もうひっどいの!」

「うるせえ黙れ」

 先輩は思い切りそっぽを向いた。すっかり赤く染まった小さな耳が、子猿のようで愛おしい。

「先輩」

「なんだよ」

「デグーって、求愛するときに小鳥みたいに鳴くんです。ピュイピュイッて。で、それが雄から雌へのラブソングって言われてて」

「うん?」

「だからわたしも聴きたいです。先輩の歌」

「なんだよ、その理屈」

 ぶふっと大きく噴き出して、先輩はわたしの方を向いた。気弱そうに下がった眉が新鮮で、指先でなぞりたくなる。

「ぜったいに笑うなよ」

「はい」

「ぜったいに、ぜったいだからな」

「はい」

 仕方ねえな。先輩は大きなため息をついて、マイクに手をのばした。