先輩の顔を見なくても、その声色や肌で感じる眼差しで、当時の先輩の苦しさを痛切に感じた。

 でも、どうしてそんな告白をしたのかはわからなかった。こういう男だからやめておけという通告か、はたまた、こういう男だけどいいのかという意思確認なのか。

 場違いな脂の香りが、テーブルからこんがりと漂う。食べ比べしよう! と張り切ってコンビニで買い占めてきたからあげの山が、熱を失っていく。ついさっきのことなのに、途方もなく遠い日のことのように感じた。

 先輩もナオくんも、わたしを欺き通してはくれない。

「先輩、わたし……須永さんから少し聞いちゃったんです。先輩の別れた彼女のこと。書道家なんてすごいですよね。なんか別世界の人っていうか、ほんとうにそういう人っているんですね。わたしなんてすごく普通の、ただの一般人だから。そういうの、うらやましい」

 重さを増していく沈黙に耐えられなくて、顔を伏せたまま卑屈なことを言っておどけると、先輩は静かに、だけどたしかに力強く否定した。

「べつに普通だよ。あいつだって普通の、一人の女の子だよ」

 過去形じゃなかった。ただの言葉の綾かもしれないけれど、先輩は彼女のことを過去形で話さなかった。