それでも、先輩の暮らしている空間に足を踏み入れるのはやっぱりうれしかった。赤いペディキュアの先から、全身がみるみるしあわせに染まる。

 流しに置かれた空き缶やグラスも、ゴミ箱に入り損ねたのであろうパンの袋を留めるプラスチックのクリップも、些細なものすべてに先輩を感じる。

「ごめん。片付いてなくて」

「いえ、思ってたよりずっときれいです」

「おまえ、言うなあ」

 先輩はうれしそうにビールをがぶがぶ飲んだ。バイト後のせいか顔にはわずかに疲れがにじみ、この前よりも口数は少なかった。

 ゆるやかに流れる気怠いBGM。間接照明だけが頼りの部屋は仄暗く、ベッドを背もたれにしてぺたりと床に座れば、ふたりきりの洞窟になった。

 部屋に女の子の気配は感じないけれど、わたしは鈍いから自分の感覚なんてものは信用できない。いつも冷静沈着な正美ちゃんや、どこぞの恋愛のエキスパートをここへ連れてきて、ジャッジしてほしくなってしまう。

「先輩。あれ、なんですか」

 わたしは部屋の隅に置かれているホースのついた壺を指差して訊いた。痩せ型の女性のように細長い壺には豪華な金の細工が施されていて、オリエンタルなどこか怪しい空気を放っている。