「正美ちゃんに彼女はいないです。わたしが知ってる限りでは」

 巨大マグロの目が、ぱあっと輝く。いないというより、そもそも彼女が欲しいと思っていないとは言えなかった。

「よし。お礼にあいつのこと教えてあげるよ」

「え」

「あいつね、しばらく彼女いないよ。一年くらいつき合ってた子と去年の冬に別れたんだよね。わたしもその子に一度だけ会ったんだけど、背が高くてモデルみたいにすらーっとしてて、中身は軽くぶっ飛んでるっていうか、ふらふら~って手ぶらで旅に出ちゃいそうな、そういうタイプ。学生っぽくない雰囲気だったから、なにしてる子なの? って訊いたら、新進気鋭の書道家だかなんだかで、その世界ではちょっとした有名人なんだって。テレビにも出たことあるみたい。そういうタイプって、ハマる男はハマっちゃうんだろうね。女のわたしでもちょっとドキッとするような妙なオーラあったし。別れたときはしんどそうだったなあ。憂さ晴らしみたいに、しょっちゅう女の子と遊んでたみたいだし。あ、わたしも詳しくは知らないよ? 人から聞いた話だから、ほんとかどうかは知らないよ? とにかく、キヨちゃんみたいな子があいつを癒してあげたらいいと思うんだよね。あいつにはぜったい、キヨちゃんみたいないい子が合ってるよ。服とか音楽の好みも合ってるみたいだし、ちょうどいいんじゃない?」

 一気にしゃべった須永さんは、コーンのようにびっしり並んだ白い歯をむき出しにしてギラギラの笑顔を見せた。

 カウンターのケチャップはどれだけ必死に爪を立てても落ちなくて、指先に染みついた甘ったるい匂いはしばらく離れてはくれなかった。