「みーちゃんを……。嫌な気持ちにさせちゃったかな、と思って」
「なんで? ぜんぜんなってないよ」
「ほんとうに?」
「うん」
「ほんとうに、ほんとう?」
「うん。ほんとうに、ほんとう。あーちゃんは心配症だなあ」
 すっと腕が伸ばされて、皮膚がのっただけの指がくしゃくしゃと頭を撫でた。いつもより力がこもっているように感じるのは気のせい? そう感じるのは、私が約束を破ったから?
「隙ありっ!」
 とつぜん脇の下をくすぐられ、「ひゃあっ!」と声がでた。背中が海老みたいに跳ねて、私もみーちゃんの脇腹をくすぐり返す。
 やだやだやめてっ! 隙を見せる方が悪い! 不意打ちはずるいよ! 言い合いながら、ほっとした。この笑い声は、ほんものだ。みーちゃんと私は、だいじょうぶだ。
 ふたりぶんの笑い声が部屋じゅうを包むと、隣の部屋からはまたこわい音が聞こえてきた。
 ドン、ドン――隣の部屋ではなにが起こってるんだろう。
 ドン、ドン――ベランダで見た猫たちはどうしてるんだろう。
 胸に靄が広がっていく。
「こわい?」
 みーちゃんが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ううん、なにも。なにもこわくないよ。シャワー、浴びてくるね」
 身を寄せ合って震える猫たちの姿が浮かんで、シャワーでそれを流した。
 だってもう。そこにはもう、ぜったいに戻りたくないから。