やあ、こんにちは。
 写真ありがとう。新しい職場はそろそろ慣れてきたみたいだね。
 私の方は、いよいよ明日司法試験だ。
 どきどきするし、怖いし、逃げ出したいけど、でも這ってでも会場に行く。
 学部生の頃と大学院合わせて七年間でどれだけのことができるか、私の持っているすべてで挑む。



 昨日、久しぶりにタマちゃんに会った。
 タマちゃんのこと、覚えてるかな? 私と同期で大学院に入学した女の子で、一年生の半期くらいまではずっと一緒にいた友達だ。
 本名は環なんだけど、某長寿アニメに出てくる眼鏡の子みたいに、優しくて穏やかな子だ。
 大学の裏手にあるコーヒーショップで、私たちは何ということもなくのんびりと話をしていた。
 タマちゃんはバスケットに入った花束を渡して言う。
「メタルちゃん、遅れたけど卒業おめでとう」
「わ、ありがとう……」
 私は感動してちょっと涙ぐんだ。タマちゃんはそんな私に言葉をくれる。
「よくがんばったね」
「うん。私じゃ無理かと思ってたけど、何とか卒業は出来たよ」
「えらいえらい」
 眼鏡の奥の瞳で笑って、タマちゃんは私を褒めてくれた。タマちゃんのこういう温厚なところは、向かい合う人をほっと優しい気持ちにしてくれる。
 私はタマちゃんに何気なく話をする。
「この間、後輩の男の子に、メタルってどういう意味ですかって訊かれたよ」
 豆柴君が真顔で言いだしたことを思い出して、私はぷっと笑う。
「ゲームはあんまりしないのかなぁ。それともジェネレーションギャップかなぁ」
「どうやって教えたの?」
「パソコンで画像を見せて、素早くて珍しいモンスターだって言っといたよ」
 タマちゃんは少し首を傾げて言った。
「あれ、そういう意味だったの? 私は蛍君に、みつけると幸せになれる宝物みたいなキャラクターだって聞いたけど」
「そんなかわいいものじゃないよ。だってスライムだもん」
「そうかなぁ……」
 タマちゃんはふいに微笑んで言った。
「後輩が出来たんだ。あだ名のことも笑って話せるようになった。……よかった」
 ほっとしたように言ってくれた彼女に、私は照れながら頬をかいた。
 私はふいに彼女に問いかける。
「あの、タマちゃん。今どうしてる?」
 たぶんタマちゃんは、私が言いださなければずっと自分のことを口にしなかったと思う。彼女はそういう、気を使いすぎるくらいの子だから。
 タマちゃんは一年生の後期に単位を大量に落として留年した。翌年も成績が振るわなくて、去年の夏頃についに自主退学してしまった。
 それ以来、メールのやり取りをしていただけで、彼女と直接会ったのはほぼ一年ぶりだった。
 そういう苦い時間があったのを知っているから、気になっていた。
 幸いだけど、タマちゃんは苦笑しながらも教えてくれた。
「去年は切り替えがつかなくて就職活動もおぼつかなかったけど、今年は受けられる限り就活をしてるよ」
「……そっか」
 私はどんな顔をして彼女に会えばいいのか、ずっとわからなかった。
 私たちの院の中には、毎年学年で十人に一人ほど、やめていく。その数が多いのか少ないのかは、判断がつかない。
 病気や家庭の事情もあるけど、多くを占めるのが単位の不足、成績不振だ。
 タマちゃんだって、一生懸命勉強していた。毎日夜遅くまで自習室にこもってレポートや予復習をして、みんなと議論して、授業にも皆出席だった。
 それでも単位が取れないことがある。どんなに真剣に勉強しても届かないことはある。
 卒業した私をお祝いするのだって、胸が痛むのかもしれない。そう思っていたら、タマちゃんが言った。
「私は大学院でみんなと勉強できてよかったと思うよ」
 私の内心を察したように、タマちゃんは優しい声で語りかけた。
「こんなに真剣に勉強したのは人生で初めて。きっとそれがいつか、役に立つ時がくると思う」
「……タマちゃん」
 人を軽々しく妬まずに、良いところをみつけて自分の力に変えていける。対人関係に難がある私よりきっと、タマちゃんは法曹にふさわしかった。そういう思いが捨てきれない。
 タマちゃんはガラスごしに外を見ながら、自分も緊張しているような声で言った。
「いよいよ明後日だね。司法試験」
「……うん」
「私には何の保証もできない。ちょっと、悔しいな」
 タマちゃんはぽつりと呟いた。
 私たちの最終試験の合格率は、約三十パーセント。
 昔に比べれば確かに、合格者数は増えた。でも三人に一人だ。
 タマちゃんは私を振り向いて言った。
「私たちはたまごね」
 タマちゃんは私を振り向いて言った。
「たまごのまま割れてしまう人がたくさんいる」
「うん。でも、挑むよ。ようやくここに立てたんだから」
 私の成績は芳しくなかった。けど、どうにかして大学院卒業まで漕ぎつけた。
 私は勉強をしたかったから大学院に入った。夢に賭けてきた同級生たちには笑われそうな始まり方だったけど、今はそれを恥じてない。
 タマちゃんは勇気づけるように告げた。
「がんばって。メタルちゃん」
 一緒に苦労してきた仲間からの一言は、何より重くて心強い。
 そうやって、私たちは行進していく。




 それじゃあ、行ってくるよ。