かなでは中学生の頃、一時期、女子から嫌われていた。きっかけは思い出せない。
でも、中学校に入学してしばらくした頃には、あちこちでかなでの悪口が囁かれていた。
ブス。男好き。ぶりっ子。
いつも男子に媚び売ってるよね。
上目遣いとかあからさますぎてキモい。
あざといよね、かわいくないくせに。
あの高い声もどこから出してるわけ?
この間はサッカー部の先輩に告白されたらしいよ。
騙される男子もバカじゃん?
最初は楽しかったはずの学校が、日に日に苦痛になっていった。
人の視線が気になって、気になって、気になって、気になりすぎて、発狂しそうだった。
誰もいないところでも、誰かがかなでの悪口を言っている気がした。
どこかで笑い声が聞こえると、かなでのことを嗤っているのだと思い込んだ。
誰にも相談できなかった。
両親にも、三つ年の離れた姉にも、恥ずかしくて言えなかった。
小学校のときに仲の良かった友人も、今ではかなでの悪口を言っている。
男友達は多くはないが、幼馴染の咲夜に相談しようと思ったこともあった。
でも結局、こわくて言えなかった。
男に媚びるからそういうことを言われるんだよ。
自業自得じゃない?
もしも相談したならば、きっとそんな言葉が返ってくるだろう。
心無い言葉を向けられ続けたせいだろうか。
この頃のかなでは、被害妄想も激しくなっていた。
人の視線から逃げるように、かなでは俯いて過ごした。ひとりぼっちでいるかなでに気をつかい、声をかけてくれる男子もいたが、そうすると悪口は悪化した。
希死念慮が常にかなでにつきまとい、自殺の方法を考えることで、日々の苦しみから目を逸らし続けていた。
世界が一変したのは、六月に入ってすぐのことだった。
その日は朝から調子が悪かった。
世界中の人がかなでを嗤っているような気がして、息もうまくできなかった。教室に向かう途中、強いめまいに襲われて、かなでは廊下でしゃがみ込んだ。
ぎゅっと目を閉じて、両手で耳を塞いだ。
何も見たくない。何も聞きたくない。
気持ちが、悪い。
世界を遮断しようとするのに、周囲のざわめきや声は聞こえてしまう。
その中で拾った、優しい声。
「頭でも痛いの? 大丈夫?」
まだ声変わりする前の少年の声だった。
おそるおそる目を開けると、整った顔の男の子が、かなでの顔を覗き込んでいる。
太陽の光が窓から差し込んで、彼のやわらかそうな薄茶色の髪を照らしていた。
心配して声をかけてくれたのに、無視をするのは悪い。でも、男の子と話したらまた悪口を言われる。
どうしていいか分からずに、かなでは唇を噛んだ。
何か話さなければ、ううん、話してはいけない。
そんな二つの感情に揺さぶられ、口を開いて、それから閉じて、と何度か繰り返した。
男の子はかなでのことを不思議そうに眺めていたけれど、しばらくして首を傾げる。
「おんぶと抱っこならどっちがいい?」