それからしばらく経った日の放課後。
 地学のレポートを書き上げたわたしたちは、お互いに拍手をした。
 これで明日の授業で提出しよう。
 ほとんどが湊くんが調べてきたものが基本になったけれど、だれも文句を言わなかった。
「みんなで協力しないとね」
「そんなこと言ってさ、すいちゃんはほとんど写しただけじゃない」
 灯里さんはそう言いながらも、わたしのことを怒るつもりはないようだった。むしろ楽しんでいるようで、くすくすと笑っていた。
「さあ、思いのほか早く書きあがったから出かけようよ!」
 わたしはふたりのことを急いで帰り支度させて、街角へと出かけることにした。

 わたしたちはよく一緒のグループを作るようになった。
 気さくに話しかけてくれる湊くんと、そしてよく心配をしてくれる灯里さん。
 登校中に顔を合わせたときも、休み時間で少しだけ話すときも。ふたりが三人になって、より話が膨らんでいく。
 そんな時間ができるのはお互いに部活がある中じゃ難しいのは実感していた。
 だから、今日くらいはその楽しさをかみしめていたい。
 いつも楽しくて、ずっとこのままの関係が続けばいいなって思っていた。

 ・・・

 駅前には小さなショッピングモールが並んでいる。
 その中をわたしは一足早く歩いていく。湊くんも灯里さんも、楽しんで着いてきているようだった。
「あまり遠くに行かないでね」
 灯里さんが声をかけてくれる。その言葉を耳に入れつつも、わたしはあれらこれらとウィンドウショッピングを続けていく。
 ......あれ?
 気づいたら辺りにはふたりの姿は見えなかった。
 いつの間にか、わたしは迷子になっていた。あっちにこっちに振り返ってみても、周りは知らない人だらけ。
 しかもここは施設のどの辺なんだろう。全く分からないままだった。
 とりあえず電話をしてみよう。
 だけども、わたしのスマートフォンはバッテリーがなくなっていて、電話をかけただけで電源が落ちてしまった。
 ああ、どうしよう。わたしはその場で立ち尽くすしかなかった。
 それでも、来た道を振り返ってみよう。わたしは背中の方に向けて歩き直す。
 あの雑貨屋は見たんだっけ。
 少し文房具屋を覗いていた気がする。
 このカフェはこの場所になかったと思うんだけど。
 すぐにみんなと会えると思っていた。だけども、わたしはどこをどう歩いたかすら覚えていなかった。
 あまりテレビゲームには詳しくないけれど、ダンジョンの中を抜け出せない主人公たちってこんな感じなんだろうか。
 
 思えば、わたしはいつもひとりだった。
 持ち前の明るさが自分のチャームポイントだったのかもしれない。それでも、クラスの子と仲良くなることはとても難しかった。
 あの日現れたひとつの影にわたしの心は瞬いた。塾に行こうとして迷子になってしまったわたしの前に声をかけてくれた。
 
 いつしか涙があふれそうだった。
 知らない間に小さい頃の自分を思い出してしまって、こみ上げる想いがのどからあふれ出てしまいそう。
 ましてや今のわたしは高校生だから、こんなところで泣くわけにはいかない。それに今となっては友達となってくれたみんなが居るんだ。
 その中にたった一人の姿を思い浮かべる。わたしはいつもきみのことを追い求めていた。
 遠くから、その呼びかける声がわたしのことを探しているんだ......。
「すい! やっと見つけたよ」
 わたしが振り返ると、そこにはこちらへ向けて小走りに走ってくる湊くんがいた。
 よかった!
 きみに会いたかった。
「だいじょうぶ? 心配したよ」
「うん、だいじょうぶ。
......灯里さんは?」
 湊くんは、ふたりで別れて探していると説明してくれた。そしてスマートフォンを取り出すと合流する手筈を整えてくれる。
「西原、こっちで見つけたよ。
今どこかな。......ああ、フードコートに居るんだね」
 じゃあそっちに行くからと、彼は電話を切った。そして、わたしのことをエスコートするように歩き出した。
 わたしは彼の手を握りしめた。
「......すい?」
「......はぐれちゃいやだから、握ってるの」
 きみがなんと言おうと、わたしは手に触れていたかった。
 その温かさを欲しがった。
 やっぱりわたしには、きみが必要なんだ。

 ・・・

「ねえ、すいちゃん!」
 合流した灯里さんがわたしの肩をたたく。そして指さした店舗に、わたしは瞳を輝かせた。
 そこは小さなファンシーショップで、きらびやかなアイテムがたくさんと並んでいる。
「ねえ、買って!」
「だめでしょ、高すぎる」
 灯里さんとわたしが声を揃えて告げる注文に対して、断る湊くん。
 しぶしぶ断るその態度も、なんだか楽しんで見えてしまった。
 
 そして、わたしはウィンドウショッピングを再開する......つもりだった。
 でもこれから歩いていこうという意識はなかなか起きず、そのままある商品を見つめたままわたしは動けなかった。
 それは、人魚のモチーフをしたペンダント。
 いいなあ、いつかこれを宝物にしたい......。
 いつか、湊くんが自分の為だけに買ってほしいな。そんなことを夢見るようになっていた。
 
 わたしが人魚姫のとりこになったのは、家から近いところにある本屋だった。
 そこには児童書のコーナーが幅広くあって、色んな子がそこに足を踏み入れていた。
 わたしもそのひとりで、本棚に平積みされている本の上に無造作に本を広げて瞳を落としていた。お母さんに声をかけられても、ずっとその場から離れなくて、文字に瞳を泳がせていた。
「じゃあせめておうちで読みましょうね」
 と言われて買ってもらったのが『人魚姫』だった。
 
 人魚姫はだれもが知っていると思うんだ。
 海の中に住む人魚の姿のお姫様。彼女が人間の王子様に恋をする物語。
 小さいころは、人魚姫がかわいいから読んでいた。
 ――でも、恋ってなんだろう。
 そこに味があるとしたら、愛の形も匂いもあるとしたら......。
 いつかその意味を知ってみたいと思った。