「ひいじいちゃん、遅いよ。早く早く」
 「ちょっと待っておくれ」

 若い頃はこんな山道全く平気だったのにこんな体になってしまったらちょっとした坂道もしんどい。
 それでもやっぱりここは格別だ。
 誰が植えたわけでも育てたわけでもない。
 薄ピンクや薄紫の花たちが風になびいて歓迎してくれる。

 「ここがひいじいちゃんが好きな場所? 」
 「そうだよ。昔は私がここに新しく町に来てくれた人たちを案内してたんだ」

 あの頃は楽しかったなぁと思い出のページをめくる。
 皆と笑って、遊んで、はしゃいでね。 
 それはもう幸せな時間を過ごした。

 「あれは? あれは何? 」

 指をさす方向。
 そこには石像があった。
 あぁ、よく覚えているさ。
 あれをつくったのは紛れもなく私達なんだから。

 「あれの話をするにはひいじいちゃんが子供の頃の話を少ししようかね」
 「聞かせて聞かせて」
 と興味深々なひ孫の頭をなで、また1ページ、記憶のアルバムをめくった。


 あれはひいじいちゃんが17くらいの頃。
 皆に兄ちゃん兄ちゃんって呼ばれていたんだ。
 町の長であったミンとトマは知ってるね?
 その2人が急に子供を引き取ったらしいと町では噂になった。
 ミンは町に下りてくると町人を集めこういった。
 
 「あの子たちはきっと隣の国で脱獄したハシュとパトラムの一族の子達だろう」
 
 その言葉は町人に衝撃を走らせた。
 そんな子達をひきとっては何が起こるか分からない。
 この町は全滅させられてしまうかもしれない。
 隣の国が横暴かつ独裁的であるという事は皆知っていたしそれゆえ不安の方が大きかった。
 「もし、なにかあったら」
 口々にいう皆にミンは頭を下げ
 「あの子達に罪はない。幸せを生きる資格があるはずだ。ここまできっとむごい仕打ちを受けてきたんだろう。そんな中何とか生き延び、たどり着いたのがこの町ならば、それも運命なんじゃないだろうか。どうか、あの子たちが幸せを生きる手伝いをしてほしい。頼む」

 その時のミンの言葉と顔を忘れて死んでいく町の人はいないだろう。
 その真剣さに町人は首を縦に振った。
 「これも何かの縁だろ。ミン、手伝うぜ」
 「ハシュとパトラムがなんだ。あの子達には関係のないことだ」
 「歓迎しよう。新たな仲間を」
 そうしてこの町では新たに掟が出来た。
 ハシュとパトラムという言葉を言わないこと。
 2人を幸せへと導く事。
 難しいことはしなくていい。
 ただ2人を1人1人の人間として見る。
 ただそれだけだった。
 
 その2人の名前はロマとカイルと言った。
 2人ともとても好青年ですぐ町に溶け込んだよ。
 私とも沢山遊んでくれたしいろいろな手伝いを率先してやってくれたから掟なんて皆ほぼ忘れるくらいには2人の事を愛していた。

 しかし、新味祭の時事件は起こった。 
 隣の国の奴がロマとカイルを引き戻しに来てしまったのだ。
 
 私達に危害が及ぶと思ったんだろうね。
 2人は覚悟を決めた顔をして国に戻っていき、2人をかくまっていたバツとしてミンとその妻であるトマはみせしめに殺されてしまった。

 私達はどうすることもできなかった。
 ただ、2人の事を忘れることしかできなかったんだ。
 それでも、忘れられるはずなんてなくて、何もできないままその日はやってきてしまった。
 ロマとカイルの公開処刑。
 2人に下されたのは
 「どちらかが死ぬまで殺し合う」という何ともむごたらしいものだった。
 その知らせにいてもたってもいられなくなった町人、私含めて5名が闘技場に足を運んだんだ。
 
 地獄を見ているようだった。
 残酷なんて言葉でかたづけていいものではない。
 それを見ることしかできない自分たちを殴り殺したくなるほど私達は不甲斐なかった。惨めだった。
 そして、2人は最期。

 互いを同時に刺し、そして動かなくなった。

 ハシュとパトラムの生き残りには生まれた時から腹部に焼き印がある。
 これは有名な話だが2人は
 その焼き印を貫く形で互いに刃を刺したんだ。
 2人はこのどうしようもない世界に、自分たちの運命に、自分たちでけりをつけた。

 抱き合うようにお互いに身を預け合い座り込んだまま動かなくなった彼らを見て
 罵倒するものはいなかった。
 彼らは気が付くのが遅すぎたんだ。
 自分たちのしでかした過ちに。
 何百年もの年月を使い、沢山の命を犠牲にし、そして2人の罪のない少年が散りゆく姿をみてようやく気が付いたんだ。

 そんな2人の姿を忘れてはならないと思った。
 語り継がなければ人間はきっとまたどこかで同じ過ちを繰り返すだろう。
 2人の死を無駄にはさせない。
 そして来世ではきっと、幸せに生きて。
 そんな願いを込めてこの銅像を建てたんだ。

 『We'll live on together. Strongly. Forever.』

 彼らのバングルの裏に刻んであった文字。
 忘れないよ。
 2人の生きざま、勇姿、覚悟。
 全部全部忘れない。
 それを今、新しい”時代”に語り継いだからね。

 ありがとうロマ、カイル、僕らと出会ってくれて。
 ありがと、大切なものがなんなんのかを教えてくれて。
 2人ならきっと、どこまでも永遠(とわ)に生き続けるだろう。



 黄昏時だ。
 そろそろ戻らないと。
 「もう少し見てたい」
 そういうひ孫に「また今度ひいじいちゃんと来よう」
 そう言って2人に背を向ける。

 黄昏時の日の光が2人の左腕にひかるバングルを照らす。
 


 「ロマとなら」「カイルとなら」 


 どこまででも行けるよ。ずっと、一緒だ。