「1つください! 」
 「はーい、ありがとね。気を付けて持って帰るんだよ」
 
 「これくださーい」
 「ほい、1回かまどで焼くとさらにおいしくなるからやってみて」

 朝から大盛況。
 祭りはトマやミンが言っていた通りすごい人だ。
 なんでも町はずれからはるばる人がやってきたりするくらい有名な祭りなんだって。
 いつもは見たことのない人が沢山いるから、町の人を見かけるとついホッとしてしまう。
 
 沢山の店に長い行列ができる。
 2人が何日も前から包み焼を仕込んでいた理由がすぐに分かった。
 3時間もすれば包み焼はそこを尽きてきて第2陣をミンが手押し車で運んでくれる。
 うちは少しだけ町の中心地から外れたところにいるから行き来が大変なのだ。
 止まることなく包み焼を買っていくお客さんは皆いい笑顔で
 「美味しそう~」
 「早く食べたい」
 「今日の夕飯が待ち遠しいよ」
 と言って大事そうに抱えて行ってくれる。
 その姿が僕らも誇らしくて自然と頬が緩んで汗が手元にポタっと落ちた時に初めて汗をかくほど動き回っていたんだと気が付いた。

 「包み焼2つ」
 「あ、はいっありがとうございます! 」
 少し手を止めてしまって気が付かなかった。
 その人は凄く大きなフードをかぶっていて表情はよく見えないけど怒ったりしているわけではなさそうで安心する。
 「おつりです、あっすみません」
 その人の表情に気を取られおつりを渡し損ねてしまった。
 チリンチリンと音をたて散らばってしまったお金を急いで拾いに行く。
 幸い渡すはずだった分のお金はすぐに見つかって「すみませんでした,,,,」と渡すとき、フードの中の目がバチっとあった。
 「いえ、こちらこそ」
 そう言って男の人はスッと顔を背け、そそくさと行ってしまった。
 どうしたのだろうか。
 何か気に障る態度をしてしまったのか、結局顔はよく見えなかった。
 大丈夫かな。不安はぬぐえないけどすぐに次のお客さんは来る。
 「ロマ、戻れよ~」
 カイルにそう言われ、業務再開。
 しばらくもすればその男の人の事は忘れてしまっていた。
 それくらい大忙しだった。

 「よ、ロマ、カイル。大忙しだな」
 聞きなれた声に疲れが吹き飛ぶ。
 「兄ちゃん、皆も! 来てくれたんだね」
 「おう! ミンとトマの包み焼はこの町の人全員の大好物だからな。祭りで出してくれると思ってなかったから嬉しいよ」
 そう言って「4つちょうだい」と注文してくれた。
 「はい、4つね」
 お金と引き換えに包み焼を渡すと
 「ロマとカイルおそろいだー! 」
 兄ちゃんに抱っこされてる男の子が手首を指さしてそう言った。
 「あ、バングルじゃん。つくったんだな。いいじゃんお揃い」
 グッとサインを送ってくれる兄ちゃんは「ねえ早く食べたいー」という子供たちに「はいはい」とあきれ笑いを1つ。
 「じゃあな、あとで俺らの店にも来いよ~」
 そういう兄ちゃんに手を振り、次のお客さんの接客をしながら2人で顔を見合わせ、くすっと笑う。
 

 その後も沢山の人が包み焼を買って行ってくれる。
 中には知らない言語の国の人もいてコミュニケーションが難しかったけど身振り手振りで何とか伝えた。
 店が落ち着いてくるとミンが店番を変わってくれるというのでカイルと一緒に他の出店を見て回った。
 兄ちゃんたちはアイスクリームを売っていて、それを頬張れば労働後の身体に冷たいアイスが染みわたる。
 沢山の事がぎゅっと詰まった初めての新味祭も少しずつ幕を下ろそうとしているみたいであたりを見渡すと知っている顔がかなり多く見えるようになってきた。
 中には完売して店をしまう準備をしている人たちもいる。
 「そろそろ戻ろうか」
 カイルが言い、僕もうなずき店に戻ることにした。

 「おかえり、ちょうどいま売り切れたんだよ」
 いつの間にか町に下りてきていたトマが空になった台を嬉しそうに見る。
 「すごいね! あんなにあったのに売り切れるなんて」
 「やっぱりミンとトマの包み焼は最高なんだな」
 完売情報に嬉しい気持ち9割、残りの1割は,,,,。
 「大丈夫、家に人数分残してある。今日の夕飯は包み焼だよ」
 心を読まれた。
 「「やったね! 」」
 2人して今日の疲れを忘れたかのように声を上げ、ハイタッチする。
 「ロマも食べたいと思ってたのかよ~。全部ミンとトマのお見通しだな」
 「2人には敵わないね」
 そう言いながら今日の夕飯を楽しみに鼻歌交じりで店をしめた。

 「すみません」
 ゆらゆらと影が近づいてきたことに気が付き「ごめんなさい、お店閉めちゃって,,,,」
 そう言いながら上げた顔が固まる。
 筋肉が硬直して声が出ない。
 瞳孔が揺れるのを感じ、心臓が破裂しそうなほど波打って僕の全身へ「逃げろ」と警笛を鳴らした。
 「ロマ! 」
 電撃が走ったようにカイルの声が響く。
 気が付くと2人とも全力で走っていた。
 あれは、

 国の奴ら。

 なんで、なんで。

 回らない頭で今日の事を思い起こす。
 
 「町はずれからはるばるやってくる人もいる」

 この言葉が頭の中を走ってつまずいた。
 確かに今日はいろんな国や少し文化の違う人が沢山いた。
 僕らは馬鹿だ。
 そんな祭りに僕らの国の人が来ない補償なんてどこにもないじゃないか。
 ここで過ごしてきた数年のうちに僕らは警戒心というやつを忘れてしまっていたんだ。

 背中で町の人の悲鳴や混乱の音が壊れたシンバルのように耳を突く。

 「いいんだな! 」

 そしてその声に僕は全身の鳥肌がグッと立つのを感じた。
 「カイル止まって! 」
 その声にカイルも足を止める。
 あいつはダメだ。
 あいつは本物の悪だから。
 関係に人には危害を加えないなんて思考、絶対にない。
 目的を遂行するためならなんだってやる。
 あいつがそう言うやつだと僕は知っている。

 「あいつが、僕の家族を皆殺しにしたんだ」
 声が震える。
 心なんてどこかに置いてきたあいつは平気で町の人を殺めるだろ。
 振り返るとあいつと、その部下、そして
 「あれは,,,,」
 
 深くフードを被った大男。
 
 「昼間の,,,,! 」
 
 あぁまただ。
 またぼくのせいで。
 カイル、ごめん。ほんとうに、
 「ロマ、死んでも俺にごめんとかおもうんじゃねぇぞ」
 「え、? 」
 あいつらが近づいてくる。
 もう絶望は目の前だというのにこんな時でもカイルは
 強く笑っていた。
 でも分かってる。気づいてる。
 強く握られた拳が、恐怖で震えてることを。
 額から頬にかけてつたう汗が、今走ったことで流れたものではないという事を。
 「受けて立ってやるよ。これが俺らの運命だ」

 あいつらの背中の向こうでトマがミンが兄ちゃんが、町中の皆が心配そうにこちらを見つめる。
 どうか町の人には危害を加えませんように。
 どうか、皆、無事でいてね。
 どうか、どうか。

 バングルに触れ、そう強く願って
 僕とカイルは国に引き戻されることになった。