風が吹くように時間は流れ、あっという間に祭り前日。
 今日はミンとトマの提案で町の様子を見に行くことになった。
 いつも賑やかなこの町だけど今日はいつにもまして皆の顔がキラキラしている。
 テントをたてたり商品を並べたり、中には凄く大掛かりな装飾をしているところもある。
 「やあ、カイルとロマじゃないか。明日が楽しみだな」
 「ロマ達明日僕らの店来てね」
 「2人は何出すの? 」
 皆準備で忙しいはずなのに僕らを見つけるとすかさず手を振ってくれたり話しかけたりしてくれる。
 ほんとに温かい町だ。

 「なぁロマ、あれなんだろ」
 そんなことを空を見上げながら思っているとカイルが立ち止まり「あれ」と指をさした。
 そこには『バングル屋』というポップな看板があり何かを売り出しているわけでは無かった。
 「ロマ、カイルどうした? 気になるかい」
 カーテンのようなところから顔を出したのは普段金属類を売っているところのおじさんでいつものように気さくに話しかけてくれる。
 「バングルって初めて聞いたよ」
 「バングル知らないのか。これこれ」
 そう言いながら自分の手首についているアクセサリーをチラチラと揺らした。
 少し太めの金属の棒をわっかにしてそれを手首につけるんだって。
 「俺らはこれをつくる体験をしてもらう店を出すんだ。どうだ2人ともやっていきなよ」
 「え、いいの? 」
 「おう、特別サービスだ。ミンとトマにはよく世話になってるしな。お前らも俺んとこの坊主の面倒見てくれて助かってるんだ。思い出作りにやっていきな」
 そんなことを言ってくれるおじさんに「やった! ありがと」と1つ跳ねて返事をする。
 おじさんの手首にひかるバングルは凄くおしゃれで、綺麗で、僕もほしいなと思ってたのが伝わっちゃったかな。

  
 「そうそう、力が均等に加わるように打ち付けて」
 細長い鉄の棒をトンカチで打ち付け、少しずつ平たくしていく。
 この作業が思ったより難しい。 
 なかなか思ったように伸びなくて薄くなりすぎたり、全然厚さが変わらなかったりと調節に結構神経を使う。
 何とか伸ばし終わると次は光沢をつけるんだって。
 「バングルの裏側に好きな文字いれれるんだ。2人で何か考えてもいいし別々の文字ほってもいいぞ」
 「こんなふうにな」とさっき手首につけていたバングルを外し見せてくれた。
 そこには奥さんとの結婚記念日と「Carve love in your heart」と書いてあった。
 「おじさんやるじゃん、かっこいいぜ」
 少し照れくさそうにするおじさんにカイルが肘をぐいぐいと寄せた。
 
 僕らの文字。
 なにがいいだろ。
 カイルと沢山相談して、最後はこれに決めた。
 この言葉を胸にも刻んで、僕らは生きていくんだ。
 これは僕にとって大切な言葉。カイルはどう思ってるかな。
 カイルも大切に思ってくれたらいいな。 
 「おじさんありがと」
 そう告げて店を出るころには日は傾き始めていて町は明日にそなえて少しずつ静かになっていく。
 僕らも帰ろうか。
 どちらからともなく、帰路に立った。

 「なぁこのバングル、花畑に見せにいこうぜ」
 お互い左腕につけたバングルはキラキラと光る。
 カイルの提案に「いいね」と二つ返事で返す。
 僕もあの花畑が大好きだけどカイルはよっぽどあの花畑が好きみたいで時間があれば1人で行ったり僕や兄ちゃんを誘ったりしてかなりの頻度で足を運んでいる。
 初めて来たときは息を切らしていたこの道も今ではすっかり慣れっこ。
 ひょいと岩に上り花畑を見下ろす。
 「逢魔時(おうまどき)
 僕がボソッと口にした言葉に少しだけカイルの顔が寂しく歪んだ気がした。
 僕らの国ではもうすぐやってくる時間帯、日が傾きだんだんと薄暗くなってくる時間帯をこう呼んだ。
 ハシュとパトラムが神様に不幸の象徴として生きる運命を与えられたのがこの逢魔時なんだって。
 「ねぇロマ」
 花畑にはふさわしくない、少し暗い声が僕の名前を呼んだ。
 何も言わず首だけかしげてカイルの次の言葉を待った。
 この時間に、この景色に必要以上の言葉はいらないと思ったから。
 「ロマはどうしてあの牢獄にいたの? 」
 それはいつか話さなければならないと思っていたことで聞かれたことに不快感を抱いたり思い出したくない過去の蓋をこじ開けなければならないと気持ちが沈むことはなかった。
 花たちとカイルに見守られて思い出話をするように口を開いた。


****


 僕らは小さな家に6人で住んでいた。
 じい様、ばあ様、父様、母様、僕、弟のロン。
 じい様は腰が悪くて起き上がることは少なかったしばあ様も目の病気で家から出ることは少なかった。
 国の中でも目につかない、人気(ひとけ)のない外れた場所でひっそりと暮らしていたから決して裕福な暮らしではなかったけどそれでもみんなで力を合わせて1日1日を大切に生きてきた。
 ロンはまだ赤ん坊だったし僕も小さかったから家の手伝いと言えば洗濯とか掃除とかしかできなかったけどと父様も母様もそんな僕らを愛してくれていた。
 
 僕が7歳の誕生日の時、父様は少し奮発して僕がずっと食べたいと言っていた馬の肉を買ってきてくれた。
 初めて食べる立派なごちそうにいつも笑顔の少ないじい様もフッと笑顔を浮かべる。
 肩身の狭い生活を送っている僕たちにはかけがえのない大切な時間。
 そんな時だった。

 バンッという大きな音と共に「見つけたぞこんなところでひそひそと暮らしやがって」と大きな男たちが銃をこちらに向けて入り込んできた。
 何が何だか分からない。
 瞬きもままならないうちに食卓を囲まれてしまい僕らに逃げ場はなかった。
 1歩でも動けば、ううん。一息でも呼吸をすればその瞬間命はなくなる。そんな緊張感に初めに耐えられなくなったのはロンだ。
 乳母車の中で小さな体から大きな泣き声が響き、そしてそれよりも大きな音はロンの泣き声をプツリと切った。
 その姿と音に驚き悲鳴を上げたばあ様の声もプツリと切れた。
 動けない。
 動いたらだめだ。
 じい様は手を合わせて何かぶつぶつと唱えている。
 母様は震えていて息が詰まっていた。
 「ハシュの生き残りがこんな豪華な食事をとりやがって」
 そう言うと次は食卓に銃を打ち付けめちゃめちゃにする。
 死はもうすぐそこにあった。
 何もできない僕らをあざ笑うように手を広げてそこで待っている。
 この空間に耐えかねたじい様が「助けてくれ、見逃してくれぇ! 」と狂気に近い声を上げ、そしてその声もプツリと切れた。
 残されたのは僕と父様と母様だけ。
 「待ってくれ、話を聞いてくれ」
 手を上げ、説得するような物言いで父様が前に出る。
 でもこいつらが僕らの声を聞いてくれるはずがない。
 そんなことは父様もわかってたと思う。
 何か、少しでも時間を稼げば、どうにかなるかもしれない。
 そんなあまりにも無謀とも見れるその可能性を信じてこうやって前に出てくれたんだろう。
 そんな父様に銃の玉よりも痛くて苦しい言葉が男から発せられた。
 「お前、今日市場で馬の肉を買っただろう? 店の店主がお前に気が付いてな後をつけたそうだ。俺たちがここにいるのはお前のせいだからな! 全部全部、お前のせいだからなぁ! 」
 父様をあざ笑う声が家中に響き渡る。
 汗をダラダラとかき瞳孔を揺らし体の震えが止まらない父様は「あ,,,,あ,,,,」と地面に這いつくばった。
 「じゃあせめて、せめて私の命を。この2人は、妻と子供は許してくれぇ,,,,」
 男はそんな父様の姿を見てはぁとため息を1つつき。
 
 「いやだね」

 そう言って父様の「頼む、頼む」という声を無視して銃口をこちらに向けてくる。
 
 怖い 怖い 何がどうなってるの? 怖い 怖いよ母様。
 
 母様は僕の事をぎゅっと抱き「ごめんね、ごめんね」と何度も謝った。
 「不甲斐ない母親でごめんね。ロマに何もしてあげられなかった。ロマの大きくなった姿見たかったなぁ。あなたをハシュの一族として生んでしまってごめんなさい。次は幸せな家庭に生んでもらうんだよ。あなたが私達の事を恨んだとしても、かあさんはずっとあなたの味方だからね」
 ガクガクと震えながら僕の耳元でそう言う。
 恨むなんて、そんなことあるわけない。
 母様。お願い。そんなこと言わないでよ。
 恐怖で口が開かない。僕も母様に「ありがとう」を伝えたいのに。

 「ロマ、あいし、」

 その言葉を最後に母様の声もプツンと切れた。

 「やめてくれぇ! 」
 そう叫ぶ父様の声もあっけなくプツリと切れた。
 
 残ったのは僕だけ。
 僕のせいだ。
 僕が馬の肉を食べたいなんて言わなければ。
 僕が贅沢を望まなければ。
 僕が今日、誕生日じゃなければ。

 僕が、生まれてこなければ。

 全部全部僕のせいだ。
 もう失う物なんてない。
 皆のもとに行けるなら死んでもいい。
 早く、殺してほしい。

 でも大男たちは僕に近づき、持っていた銃でドンっと
 頭を叩いた。
 感じたことのない激痛に意識が遠のくのを感じる。
 そして僕だけ皆の所へはいけないんだ。 
 そう悟って目が覚めるとあの牢獄にいたんだ。


****


 話し終わると逢魔時になりかけていて風も冷たくなってきた。 
 過去を思い出して泣いたりしないよ。
 だから、カイルがそんな顔しないでよ。
 「ロマ、その時生き延びてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとな」
 同情でもなく、何を話せばいいのかと噛み合わせの悪い無言になることもなく、まっすぐにそう言う彼は僕の心を代弁してくれるように大粒の涙を流した。
 その涙を拭うことも忘れて僕に「本当にありがとう」というその顔は何とも優しくて
 「母様みたいだ」
 くすっと笑ってしまう。
 
 その言葉に少し嬉しさを浮かべながらカイルは言った。
 「この町ではこの時間の事を逢魔時じゃなくて黄昏時って言うんだって」
 「たそがれどき? 」
 「そう、悪魔が交わる夜への入り口じゃなくて明日への希望の光なんだよ」
 そう言って左小指を差し出し
 「約束。俺たちはずっと一緒だ」
 その小指に僕の左手の小指をスッと絡ませる
 「2人なら、大丈夫。絶対に」

 花々に見守られた黄昏時に僕らは強く、強く約束を結んだ。
 明日への希望の光に照らされたバングルは花に負けないくらい、そして僕らの約束くらい強く輝いていた。