――翌日の昼休み。
 私はいつもどおり屋上でヘッドホンを装着したままフェンスの向こうの景色を眺めていると、誰かがポンッと肩を叩いた。
 びっくりして振り向くと、そこには加茂井くんが。
 ヘッドホンを外して身体を向けると、彼は言った。


「昨日さ、俺に『困ったことがあったら遠慮なく言って』って言ってたよね」

「あっ、はい。私に出来ることでしたら」

「じゃあ、沙理に復讐したいから手伝ってくんない?」

「えっ、復讐?? 復讐ってあの仕返し的な……」

「そ、復讐。……色々考えてたんだ。沙理や木原のこと。それに、沙理と付き合っていたころの自分のことまで。そしたら虚しくなってきてさ。別れる理由が自分じゃないからなおさら」

「加茂井くん……」

「あいつは木原にぞっこんだからもしかしたら復讐なんて無意味かもしれないけど、少しでも沙理に俺の心境を知って欲しいから」

「それはわかりますけど、復讐なんてしたら加茂井くんの方が傷つくんじゃないかと思います」


 加茂井くんは、人一倍繊細な人。子猫を拾ったあの日から毎日見てきたからわかる。昨日木原くんに殴りかかりそうになってた時だって、加茂井くんの心は土砂降りになってるように見えていたから。
 それなのに、また傷つこうとしている。
 復讐なんてしたら幸せなんて訪れないし、赤城さんから離れた方がきっと楽になる。
 加茂井くんの心は赤城さんから離れきれていない。だから、復讐には反対だった。
 

「やってみないとわかんないよ。矢島が嫌なら別の人に頼むけど」

「他の人は……嫌です。加茂井くんが他の人と手を組んで欲しくないです」


 でも、加茂井くんに恋をしている分、自分の意見を突き通せない。
 それに、その役割を別の人に頼むなんて嫌だ。


「じゃあ、矢島が手伝ってくれる?」

「……はい。わかりました」


 私は頭を頷かせると、彼は隣に移動した。
 そこで、二人揃って同じ空を見つめる。


「加茂井くんは、いまどんな復讐を考えてますか?」

「ん〜っ……。まだ考えてないけど、直接的なものは避けたいかな。出来ればヤキモチ的なことがいいかも」

「なるほど。じゃあ、加茂井くんはどんな時にヤキモチを妬きますか?」

「好きな人が他の男を見ている所かな。彼女には自分だけを見てて欲しいタイプだから」


 彼がそういった瞬間、名案が降り注いだ。
 直接的なものを避けてヤキモチ的なこと。その二つを足して二で割ったら、最善の答えに辿りついた。


「それなら、偽恋人はどうでしょうか」

「偽恋人?」

「はい。私達が恋人を演じていれば、赤城さんは加茂井くんに新しい恋が始まったと勘違いするかもしれません。そこで、自身の浮気を振り返るきっかけになるかもしれませんし」

「つまり、同じような手口で俺の心境を考えさせる作戦か」

「あっ、でも……相手が私なんて嫌ですよね。……ってか、忘れて下さい。キレイな人ならまだしも、ぼっちの私と恋人役なんて……」


 よくよく考えたら、彼女役が私なんて嫌だよね。
 友達いないし、喋ることは苦手だし、要領悪いし。それに、今まで恋人を作ったことがないから、彼女を演じるなんて難しすぎる。しかも、好きな人の。
 その上、自ら偽恋人の提案をするなんて図々しいにも程がある。
 しかし、彼は……。


「それはいいアイデアかも」

「えっ!!」

「もしかしたら、木原とは単なる浮気かもしれないし、俺と矢島が仲良くしてたら沙理はヤキモチを妬いてくれるかもしれない」

「赤城さんは今までライバルがいなかった分、現実味帯びなかったのかもしれません」

「そうだな。じゃあ、その作戦を決行してもいいかな。矢島さえよければ」

「はい!! もちろん喜んで!!」

「ぷっ……。偽恋人に喜ぶなんて変な奴」


 偽でも加茂井くんと恋人になれるなんて幸せ。
 もしこれが夢だとしたら、一生覚めない夢であって欲しい。
 でも、私に偽恋人なんて務まるのかな……。ちょっと自信がない。


「すっ……すみません。興奮したら、つい……。私、加茂井くんの彼女になれるだけでも幸せです」

「もう一度言っとくけど、偽だからね。偽」

「二度も言わなくてもわかってますよ〜」


 この展開が幸せだから、湧き上がる笑いが堪えきれなくなった。
 偽恋人でも好きな人の近くにいられるだけで嬉しいから。


「そういえば、矢島んちも猫飼ってるの? この前、先住猫がどうのって言ってなかった?」

「あっ、そうなんです! 飼ってるんですけど……、実は2ヶ月前に窓を開けたら逃げちゃって」

「えっ! 2ヶ月も帰ってきてないの?」

「……はい。恋の季節だったせいでしょうか。近所中探したんだけど、全然見つからなくて……」

「それはショックだね。矢島んちって学校から近いの?」

「隣駅です」

「猫の名前や性別。それに、どんな猫種? 模様とか特徴的なものはある?」

「名前はフクちゃんでオスです。両耳にハートの黒い模様がある三毛猫です」

「そっかぁ。そんなに珍しい模様なら見かければすぐにわかるかも。見つけたら教えるね」

「ありがとうございます!!」


 勇気を出して告白してから彼との距離がグングン縮まった。
 最初は声をかけるだけでもいっぱいいっぱいだったのにね。

 もっと早く勇気を出していれば、これが赤城さんと付き合う前だったら、いまこの瞬間が違う未来になっていたかもしれない。