――翌日。
終礼が終わってクラスメイトが扉の外へ流れていく中、私は左肩に学生カバンをかけて両手で持ち手を握りしめたまま、教室を出ていこうとしている加茂井くんの前に駆け寄った。すると、彼は目線を向けてきたので、私は息を飲んで言った。
「あっ、あのっ……少し話しがしたいんですけど……」
「……それは、俺にとっていい話? それとも嫌な話?」
「それはわかりませんが……。とっ、とにかく……私について来てくれませんか?」
必死さが伝わったのか、彼は後ろについてきてくれた。
無言のまま向かった先は屋上。
私はいつもの定位置に向かっていると、彼は後ろから言った。
「どうして屋上に?」
「ここは、私のお気に入りの場所なんです」
「ふぅん。……で、なんの話があるの?」
「そっ、それなんですけど……。先日、『どうして矢島が気にかけるの?』って聞いてきましたよね」
「うん」
「……実は、知ってたんです。少し前から赤城さんと木原くんの関係を」
心臓の音が耳から飛び出しそうになるくらい爆音を放っている。ここまで彼のプライベートに入り込むのは初めてだから、正直反応が怖い。
でも、一度心を決めたからには最後まで向き合おうと思った。
「だから、俺を惨めに思ったの?」
「それは誤解です!!」
「じゃあ、なに?」
失恋のショックが大きいのか少し攻撃的な口調が届く。でも、昨日鈴木さんが言ってた通り、私にいま必要なのは”あと一歩の勇気”だ。
「私、以前から加茂井くんが気になってたんです!! だから、ずっと心配してました!」
「えっ?」
「1年以上前の大雨の日、加茂井くんが段ボールの中に入っていた子猫を助けていたところを見たんです。うちには先住猫がいるから少し離れた場所で母親に飼えるかどうかの電話してる時に加茂井くんがやって来ました。その時の眼差しが優しくて、猫の気持ちに寄り添っていて、愛おしそうに頭や身体を撫でていて。その様子を見ているうちにステキな人なんだろうなって思いました」
「……でも、それとこれは関係ないし」
「一目惚れしたんです!!」
「えっ……」
「信じてもらえないかもしれませんが、あの一瞬で好きになってしまいました」
私は勢いに任せてそう言うと、彼は圧に負けたのか再び目を丸くした。
「ずっと声をかける勇気がなかったんです。同じクラスになってもあと一歩の勇気が出ませんでした。だから、加茂井くんには彼女ができた時はショックだったけど、好きな人が幸せでいてくれるならそれでいいかなって。そう思っていた分、赤城さんが木原くんといい雰囲気になってるところを見ていられなくて」
「俺のことを想っててくれたんだ……。全然気づかなかったよ」
「いいんですっ!! 私の気持ちなんて……」
「ごめん。好きになってくれたのはありがたいけど、矢島の気持ちに応えられない」
「わかってます。私はただ元気になってもらいたいだけですから。だから、これを食べて元気出して下さい」
私はブレザーのポケットに手を突っ込んで、ミルク味の飴を彼の手中に握らせた。もちろん、元気を出してもらうために。
でも、彼の手に触れただけでも全身の血が暴れて爆発しそうになっている。
言いたいことはまだ沢山あった。
でも、告白しただけでもいっぱいいっぱいだったから、これ以上の言葉は伝えられなかった。