――朝陽くんと本当の恋人になってから2日後。
 私は赤城さんに呼び出されてある場所に連れて行かれた。

 そこは”ZIGGY”。赤城さんにとって加茂井くんとの思い出の場所。
 私達は、加茂井くんと一緒に撮った写真が飾られている壁の横の席に腰を下ろすと店員がやって来た。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「えっと、私は……」
「思いっきり苦いブラックコーヒーを二つ」


 メニューに指をさしながら何を飲むか選んでいる私の正面で、彼女は店長に淡々とした口調でそう伝える。


「かしこまりました。宜しければチェキでお二人の写真をお撮りしましょうか?」

「いえ、私達は結構……」
「お願いします。私を思っきり美人に撮って下さい」

「かしこまりました。行きますよ〜。……はい、チーズ」
 パシャッ……。
 

 ここへ来てから私の出る幕がない。
 彼女をここに連れてきたことさえ驚いているのに、一緒に写真まで……。

 彼女は店長から写真を受け取り、人差し指と中指で写真をつまんだまま言った。


「ねぇ、店内にあった私と朝陽の写真、全部剥がしたでしょ」

「えっ!! あー……はい……」

「あっはっは。なに、その気まずそうな顔〜」

「すみません……」

「いーのいーの! どうせ朝陽が提案してきたことだと思うから。これ、卒業記念なんて書いてあってびっくりしたよ。朝陽は私から卒業したって意味だよね」


 彼女は壁に貼ってある卒業記念の写真に、先ほど撮った写真をひらひらと叩きつけてそう言う。
 私は気まずくなるあまり、頭が上がらない。


「あっ、は……はい……」

「そっかそっかぁ〜。まさか朝陽にまでフラれちゃうと思わなかった。私は矢島さんに負けたってことよね」

「……」

「そんなに黙り込まなくても今日は責めるつもりで呼び出したんじゃないよ」

「えっ」


 彼女は一旦姿勢を正すと、口調を改めて軽く頭を下げてきた。


「矢島さんにいままでのことを謝ろうと思ったの。意地悪を言ってごめんなさい」

「赤城さん……」

「木原くんが矢島さんに夢中になってたからヤキモチを妬いてたの。矢島さんは悪くないのに、私は自分の弱さを押し付けて現実逃避してた。それに気づかず矢島さんから朝陽を奪って私と同じ想いをさせようとしていた。でも、朝陽も矢島さんのことを想ってたし、意地悪をしているうちに人の気持ちは簡単に変わらないと痛感したの。……まぁ、本音を言えば矢島さんが羨ましかったんだけどね」

「えっ、私のどこがですか?」


 正直驚いた。
 私こそ、赤城さんが朝陽くんと付き合っていた頃は堂々としていて羨ましいなと思っていたのに、彼女の方からそう言われるなんて。


「朝陽の為に努力してるところかな。校庭から派手に告白したり、メイクをして急にかわいくなったり、一途に朝陽を想ってたり。気づいた時には、誠実でかっこいいなって思ってた。木原くんはそんな所に惚れたのかもね。だから、私はフラれちゃったのかな」

「……いえ、私なんてかっこよくありません。ただ不器用なだけです」

「そんなことないよ。何をするにしても私の一歩先を進んでいた。辛いことに直面した時、人に当たって逃げてきた私とは対照的だった。でも、負けを認めたら自分を振り返ることが出来たし、矢島さんのいい所を見習いたいなって思ったの」

「赤城さん……」

「これからはもっともっとステキな女性になって、もう一度木原くんを振り向かせてみせる。もしそれが上手くいかなかったとしても、人に当たるのをやめて自分らしく頑張りたい。……だから、矢島さんさえ良ければ私と友達になってくれないかな」

「えっ、私と友達に……?」


 私は予想外の展開を迎えると、目がキョトンとした。


「いっぱい嫌な想いをさせちゃったから、私と友達なんて嫌かもしれないけど……」

「ダメじゃないです。嬉しいです!! 私も加茂井くんと付き合ってる頃の赤城さんにずっと憧れてました。いつも自信があって、幸せそうに笑っていて、かわいくて。私も赤城さんのような女性になりたいなぁって思ってたので」

「あははっ……。私のことを盛り過ぎ。じゃあ、さっき撮ってもらった写真を二人で一緒に壁に貼らない?」

「もちろんです!!」


 彼女は写真の下の空白部分に”友達記念”と書いて、私と一緒に壁に貼り付けた。
 朝陽くんの件があったから彼女とは絶対に仲良くなれないと思っていたけど、友達に”絶対”なんてことはないんだね。

 壁に貼られた写真を二人で眺めていると、彼女は言った。


「今日から粋って呼んでいい? 私のことも沙理って呼んでいいから」

「わかりました。沙理さん、末永くよろしくお願いします」

「なによ。友達になったんだから敬語やめてくれない? ずぅ〜っと思ってたけど、なぁんか固苦しいのよね」

「はい! やめます。沙理さんが言うなら」

「言ってる傍から全然やめてないし。ってか、ふざけてるのぉ〜?」

「えへへ、ごめんなさい。これからもよろしくお願いします」

「こらっっ! 粋っっ!!」

「あははははっ……」


 ――雑音に怯えていた頃に見えなかった幸せが、ヘッドホンを外したと同時に見えてきた。

 私は自分の足で一歩前に進むことが怖かった。それは、周りの雑音が気になるあまり自分の気持ちを二番手にしてきたから。

 でも、勇気を出して進んでみたらそこには大きな虹がかかっていた。
 弱気な自分から卒業したら、小さなことが気にならなくなった。

 いまは毎日が輝かしくて、
 毎日が幸せで、
 毎日が思い出深い。

 これからは、もう二度とヘッドホンで心を塞がない。
 だって、私は灰色の空の隙間から見えていた虹が、いまは何十倍にも輝いて見えるから。



【完】