――場所は、本棟の四階の階段の踊り場。
私は赤城さんに本人に呼び出されてここに来た。彼女と二人きりで話すのは木原くんの件で忠告を受けたあの日以来。
相変わらず彼女の瞳の奥は冷たいまま。だから、足首がぞわぞわと震え出す。
「矢島さんってさ、どんな目的で朝陽に近づいたの?」
私はてっきり木原くんの話題かと思っていた分、思わぬ変化球に驚かされた。
「目的というか……。加茂井くんは赤城さんと別れてから壊れちゃいそうだったから支えてあげたいなと思っていて。私の幸せは加茂井くんが幸せになってくれることだし……」
本当は赤城さんの浮気現場を見てから加茂井くんの気持ちを守る為に近づいたけど、そこまで言う必要がないと思った。
「ふぅん。それだけ?」
「それだけって……。赤城さんは知らないと思いますが、加茂井くんは別れてからすごく落ち込んでましたよ。口では言わなかったけど、常に赤城さんを意識してて辛そうだったのに、『それだけ』で片付けるなんて。加茂井くんは別れてからも赤城さんに想いを寄せていたのに……」
赤城さんと別れてからの2ヶ月間、加茂井くんが苦しんでいるところを間近で見てきたから偽彼女を演じていることを忘れて本音を漏らしてしまった。
それが自分に不利な方向に仕向けていたことさえ気がつかないまま。
「へぇ〜……。矢島さんは朝陽と付き合ってるのに、朝陽は私のことが忘れられないんだぁ〜」
「……っ」
「そっかそっかぁ。じゃあ、結果オーライかも。また朝陽とやり直したいと思ってたところだったから」
「えっ……」
「それに、矢島さんは朝陽が幸せになることを願ってるのよね?」
「そ、それは……」
「じゃあ、私が朝陽にやり直したいと言っても問題ないってことね」
彼女は腕を組んだままそう言って私の口を塞ぐと、キュッと口角を上げた。
その眼差しは、私達の偽恋人関係に気づいているかのよう。
そして私は、口を開く度に底なし沼にはまっていく。
「どうして今さらやり直したいなんて言うんですか? だって、赤城さんは木原くんと……」
「別れたの。理由は朝陽が忘れられないから」
「そんなの自分勝手じゃないですか……。木原くんと付き合って、やっぱり加茂井くんが好きだからといって別れるなんて。加茂井くんの気持ちは一体どう考えているんですか?」
「朝陽のことをどう考えてるかって? そりゃ、傷つけた分大切にしていきたいと思ってる。だから復縁しようとしてるんじゃない。それに、私達が築いてきた1年はそんな簡単に崩れるものじゃないの。だから、矢島さんの方から朝陽を突き放してくれない? そうすれば私達は元通りの幸せに戻るから」
「急すぎませんか? だって、加茂井くんは赤城さんを忘れる為に心の整理を……」
「矢島さんが本当に彼の幸せを願っていたらこれくらい出来るわよね」
「そんな……」
「じゃあ、よろしくね」
彼女はそう言うと、肩にかかっている長い髪を指で払ってから非常階段を降りていった。
赤城さんは私達の関係が簡単に切れると思っている。それに加えて自分達は復縁しようと目論んでいる。
最初のうちは加茂井くんの幸せを願っていたから二人の恋を応援してたけど、いまは応援出来ない。
その理由は、加茂井くんの隣で偽恋人を演じているうちに自分の気持ちを突き通したくなったから。