「うわっ!! 矢島。ごめん。ペットボトルを倒しちゃったけど、お茶ひっかかった?」
「スカートにちょっと溢れました。でも、大丈夫です。いま水道に行って汚れた箇所を洗ってきますね」
二人で喋ってる最中、木原くんが机の上に置いていたお茶を倒して私のスカートにかかってしまった。
シミになる前に洗い流そうと思ってハンドタオルを持って水道へ向かっていると、5組の向こう側の階段から加茂井くんと赤城さんが二人でこっちへやって来た。
私は意外なツーショットを見た途端、ハンドタオルを握っていた拳がぶらんと落ちた。
――どうして加茂井くんと赤城さんが一緒に?
加茂井くんの偽彼女になる前は二人の恋を応援するほど余裕があったのに、いまは欲張りになってしまったせいか引き裂かれそうなくらい胸が苦しい。
二人の姿を1秒でも見ていたくなくて、真っ青な顔のまま道をUターンしていくと、教室から出てきたばかりの木原くんと衝突した。
「あれ? これから水道に行ってシミを落とすんじゃ……」
「……」
「矢島?」
木原くんは、私の暗い顔を見て異変に気づいてしまったのか、「こっちにおいで」と言って3組の横の渡り廊下を渡ってB棟の方に連れて行った。
正直、あの場から連れ出してくれて助かった。
もし、彼が連れ出してくれなかったら、いまどうなっていたかわからないから。
「泣きそうな顔をしてるけど、どうしたの? 教室を出てからの一瞬でなにかあった?」
「……なんでもないです」
「何でもなかったらそんな顔しないだろ? 今にも涙が溢れそうになってるのに」
「木原くんには関係ありません。気を使わせてしまってごめんなさい……」
私はきゅっと唇を結びながら横を通り過ぎようとすると、彼は後ろから手を伸ばして私を抱きしめてきた。
その反動で背中が彼の胸に叩きつけられると、涙が溜まっていた瞳からポロッと一粒溢れた。
「辛いことがあるなら泣けよ。我慢しないでさ……」
「ダメです。お願いだから手を離して下さい。加茂井くんが勘違いしちゃいます」
「別にいいよ。俺は矢島が心配なだけだから」
友達と言っても男女間のハグは間違ってるし、木原くんからして友達というのはどの程度のものなのかわからない。
だから、一旦この話題から外れることにした。
「あっ、あのっ……。木原くん、お願いがあります」
「えっ、なに?」
「加茂井くんと仲直りしてくれませんか?」
この件をいつ言おうか迷っていたけど、いまこの瞬間に伝えることを決めた。
何故なら、行き詰まった気持ちを一旦気持ちをリセットしなければやってられなくなりそうだったから。
「嫌だ。矢島の願いでもあいつと仲直りする気はない」
「どうしてですか?」
私がそう聞くと、彼は身体から手を離してプイッと背中を向けた。
「俺の気持ちはこの前話した通りだから」
「それが……、実はお互い少し勘違いしてて」
「……それ、どういうこと?」
「先日、木原くんの情報を頼りに元カノのミキさんの所に伺いました。そこで本当のことを聞いたんです。二人の話を……」
私が彼女の名前を挙げた途端、彼は驚いた目をしていた。きっと私が彼女の元に会いに行くと思わなかったのだろう。
でも、彼は加茂井くんにその話を切り出した時とは違って耳を傾けてくれたから全てを伝えた。
いつか、二人のわだかまりが解けることを願いながら。