――矢島は木原と一緒にいる回数が増えた。
 急接近した理由はわからないけど、先日俺が突き放してしまったことも要因の一つだろう。
 そんなに気になるなら以前のように取り戻しに行けばいいのに、先日一方的に怒鳴ったせいで気を揉んでいる。

 俺は午前中の休憩時間に二人が窓際で喋ってる姿を自分の席から遠目でボーっと眺めていると、扉から沙理の友達が二人やって来て俺に声をかけた。


「加茂井くん、いまちょっといいかな」

「何?」

「沙理が呼んでるよ。『話があるから、いつもの場所に来て』って言ってた」

「……了解」


 沙理が今さら俺に何の話があるんだろう。
 そう思いながら矢島と木原の声を浴びたまま沙理の友達の背中を追った。
 途中で沙理の友達と別れてから、俺のお気に入りの場所の四階の非常階段に向かう。沙理と付き合ってた頃は、ここが二人の特別な場所だった。
 非常扉を開けると、沙理は階段の手すりに手をかけて景色を眺めていた。扉の開く音に気づくと、彼女は長い髪を風になびかせながら笑顔で振り向く。


「あ、来たぁ! ごめんね〜、急に呼び出して」


 まるであの日の別れがなかったかのように、彼女は明るい口調でそう言った。
 お陰で身構えしていた気持ちが置いてけぼりに。


「いいよ。……どうしたの? 急に話があるなんて」

「あ、うーん……。実はね……、私、つい先日大地と別れたんだ」

「えっ。どうして?」


 そう聞き返しつつも、先に木原から矢島に気があると聞かされていた分衝撃は少ない。


「私、朝陽が忘れられなかったみたい。矢島さんと付き合ってるのを見てたら悔しく思ったの。そこで、どうして悔しいのか考えていたら、朝陽に気持ちが残ってるからなんだって気付いたの」

「……でも、お前は別れたあの日に大地が好きだって言ってたし」

「あの時は倦怠期だった。少し距離を置いてるうちにやっぱり朝陽に敵う人はいないって痛感したの。調子がいい女と思うかもしれないけど、矢島さんに取られたくないと思ってから毎日が苦しかった。あの後はいっぱい反省した。なんて酷いことをしたんだろうって後悔ばかりしてたの」

「なにそれ……、自分勝手過ぎない?」


 俺にはわからない。木原の話と沙理の話のどちらが本当なのか。
 もし沙理の話が正しいなら、考え直す余地はあるし、矢島に偽恋人を頼る必要がない。
 でも、木原の話が本当なら、沙理の目的は何なのか……。


「そうだよね。自分からフッといて非常識だよね。……だから、言うかどうか迷ったの。でも、いま気持ちを伝えなかったら、後悔するような気がしたから言わなきゃなと思っていて……」

「沙理……」

「あははっ……。泣くつもりなんてなかったのに……。ごめんね。傷つけた分は今度おごるから許してね」


 彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめながら瞳に涙を浮かべた。

 俺はどうしたらいいかわからなかった。
 もしこの話が本当だとしたら、矢島と偽恋人を演じてる時は沙理に苦しい思いをさせ続けていたから。
 この瞬間が訪れるまでは絶対に許せないと思っていたけど、彼女の涙を見ていたら正しい判断が下せなくなっていた。