――翌朝、ヘッドホンを装着したまま通学路を歩いていると、後ろから誰かが私の腕をトントンと叩いた。
 それに気づいて振り返ると、そこには笑顔の木原くんが。 


「矢島、おはよ~!」

「あっ、木原くん。おはようございます」

「ねぇ、いつもヘッドホンをしてるけど、どんな曲を聴いてるの?」

「基本はボカロです。アップテンポ調が好きなので」

「へぇ、意外」

「リズムに乗ってる時は自然と心が弾むから」

「そうなんだ。俺、あんまりボカロ聴いたことないからよくわからないけど、そんなにいいのかな」

「よかったら聴いてみます?」

「うん、聴かせて」


 私はヘッドホンを首から外して彼に手渡すと、彼は音楽を聞き入った。
 昨日は加茂井くんとのことがあって気分が沈んでいたせいか、木原くんが話しかけてくれたお陰で少し気が紛れた。
 赤城さんのことがあるから少し距離を置きたいなと思っていたけど、最近少しずつ話してるうちに慣れてきたというか、木原くんは割とソフトに話しかけてくれるタイプだから話しやすい。

 下駄箱に到着すると、木原くんはヘッドホンを返しながら言った。


「矢島……さ。加茂井と付き合ってると思ってたけど、偽恋人なんだって?」


 私は木原くんが偽恋人の件を知ってたことに驚いて丸い目を向ける。


「木原くんが、どうしてそれを……」

「ごめん、先日非常階段で偶然二人の会話を聞いちゃってさ。二人は本気で付き合ってると思ったからビックリしたよ」

「……そうだったんですね。全く気づきませんでした」

「どうして加茂井の偽恋人を演じてるの? なにか理由でも?」

「それは言いたくありません……」


 私は加茂井くんのプライドを守る為に口を塞いだ。
 もし、偽恋人を演じている理由が木原くんに知られてしまったら、赤城さんに筒抜けになってしまうと思ったから。


「矢島はてっきり加茂井と付き合ってると思ってたけど、フリーなら俺にもチャンスあるかな」

「えっ。だって、木原くんには付き合ってる人とかいるんじゃ……」


 事実を知ってる分、反射的にそう答えてしまった。『しまった!』と思って、動揺しながら両手で口を押さえる。


「いないよ。付き合ってる人なんて」

「えっ、いない……?」

「うん。だから、少しでもいいから俺のことも考えてみてくれない?」


 彼がそれを冗談で言ってるのか、本気で言ってるのかわからない。
 最初は友達になりたいと言っていたけど、次は俺のことを考えてみてと。
 一体どういうつもりなんだろう。もしかしたら、また加茂井くんに復讐をしようとでも思ってるのかな。
 でも、赤城さんといい雰囲気だったのに、あれで付き合ってないと言われても納得できない。

 もしかして、別れたのかな?

 ううん、待って……。
 もしそうだとしたら、加茂井くんと赤城さんに復縁チャンスがあるってことだよね。
 思い返してみたら、私との偽恋人期間は加茂井くんの気が済むまでって言ってた。私達は本当の恋人じゃないから赤城さんと復縁したらもう終わりだよね。
 どうしよう。もし、赤城さんが加茂井くんとやり直したいと言ってきたら、私はどうなっちゃうのだろう。