「なぁ、加茂井。矢島とは偽恋人だったんだな。すっかり騙されてたよ」


 ――下校中、俺は校門の壁に寄りかかっていた木原にそう呼び止められた。
 なぜ偽恋人ということがバレたのかわからない。でも、反応すると認めたことになると思って、口を閉ざしたままその場を離れた。


「質問してるんだけど、無視? それとも偽恋人だと認めてるから言いたくないだけ?」

「……」

「あ〜、そう。なら、矢島んとこ行って直接聞いてくるわ」


 木原は態度を一変させて再び門をくぐり抜けようとしていたので、俺は足をUターンさせて奴の腕を引き止めた。


「やめろ! 矢島を巻き沿いにするな」

「どうして? お前が答えないから聞きに行くだけなのに」

「あいつは傷つけたくないから……」


 あれから矢島は理由を教えてくれなかったけど、今日は何か理由があって気分を塞ぎ込んでいるのに余計な悩みを増やしたくないと思った。
 だから、木原の足を止めた。


「さっき、三階の非常階段に座ってLINEしてたらお前達の会話が聞こえてきた。そこで偽恋人だって言ってただろ? 俺、矢島に本気だからそれを聞いて気持ちが救われたよ」

「矢島に……、本気? だって、お前には沙理がいるだろ。俺が別れてから付き合ってるんじゃ……」


 正直言葉を失った。人から彼女を奪ったくせによくそんなこと言えるな、と。
 しかしその直後、木原から思いもよらぬ返答が届けられた。


「別に付き合ってないよ。友達以上恋人未満ってところ」

「ちょっ……ちょっと待って、それどういう意味?」

「別に沙理に告られてないし、付き合ってくれとも言ってない。向こうは付き合ってると勘違いしてるかもしれないけど」

「てんめぇえぇ!!!! じゃあ、どうして沙理を奪ったんだよ!! 大事にしてたのに」


 俺は爆発的に怒りがこみ上げてくると、木原の襟元を捻り上げて怒声を浴びせた。と同時に、門をくぐり抜けてきた生徒の注目の的に。しかし、それさえ気にならないくらい頭に血が上っている。
 ところが、木原は感情を揺らすことなく冷淡な目を下ろした。


「決まってんだろ。惚れてる女を取られるのがどれだけ辛いかお前にも味わって欲しかっただけ」

「……っっくっそやろぉぉお!! それはこっちのセリフだ!!」

「それに、沙理はかわいいし適任だった。まぁ、好きになれなかったのは残念だけど」

「だからって、次のターゲットは矢島かよ!! いいか、あいつを巻き込むな。あいつは……お前の想像以上に汚いことを知らない。なのに、そんなくだらない理由で傷つけるのはやめろ!! それに、お前はあと何度俺から女を奪えば気が済むんだよ」


 俺は徐々に拳に力が入っていき、木原の首元をねじり上げた。
 どうしても許せない。俺から沙理を奪った挙げ句に好きになれなかったから次は矢島だって?
 そんなことを言われて納得する奴がどこにいるんだよ。


「まぁまぁ、熱くなるなって。俺は矢島に本気だし、お前は偽恋人なんだろ? だったら、反対する権利はないよな。お前自身も矢島を好きなように利用してるんだから」

「えっ……」

「偽恋人になった経緯はわからないけど、お前の本命じゃないなら別に問題はないんじゃない?」

「っっ!!」

「安心したよ。俺にもチャンスがあることがわかったから」


 木原は一瞬の隙をついて拳を力づくで解くと、俺の肩をポンポンと叩いて門から離れて行った。
 取り残された俺は、それ以上の言葉が出てこなかった。
 何故なら木原が言う通り、俺自身も矢島の気持ちを利用して自分の都合のいいように傍に置いてるから。