――放課後。
 教室内には3〜4人程度しか生徒が残っていない中、私が教室で学級日誌を書いていると、隣に人影が見えた。気づいて見上げると、そこには木原くんが。
 私は加茂井くんの言葉を思い出すと、日誌を閉じて立ち上がり机の横フックからカバンを持ち上げて教室を出ようとした。
 すると、彼は声で私を引き止めた。


「矢島……。どうしていつも俺を避けるの?」

「……避けてません。ただ、日誌を書き終わったから職員室に届けに行こうと思っただけです」

「それなら一緒に職員室に行くよ」

「大丈夫です……。1人で行けますから」


 木原くんは私と本気で友達になりたいと思ってる。でも、私が木原くんと仲良くすると加茂井くんが嫌な想いをしてしまう。そう思うだけで自然と距離を取ってしまう。
 失礼なことをしてるのはわかっているけど、このまま無視し続けるのも申し訳ないと思って、廊下までついてきた彼に聞いた。


「木原くん。質問があるんですけど聞いてもいいですか?」

「いいよ、なに?」

「もしかしたら木原くんにとって嫌な質問かもしれませんが、それでもいいですか?」

「もちろん」

「どうして加茂井くんと仲が悪いんですか」


 木原くんは加茂井くんと顔を合わす度にケンカをしている。その間に赤城さんが関係してるのはわかっているけど、最近それだけが原因じゃないと思うようになっていた。


「理由を聞きたい?」

「はい」

「じゃあ、俺とお茶してくれる?」

「えっ……、それは……」

「話が長くなるからさ」


 一旦理性が働いて心が引き止めた。
 でも、二人が仲違いしてしまった原因を突き止めたかったから、そのままコクンと頷いた。



 ――場所は、学校から徒歩5分のところにあるコーヒーチェーン店。
 季節商品が売りのこの店は、昼間の時間帯でもレジまで長蛇の列が出来ている。
 私達はカウンターでコーヒーを受け取ってから窓際の席に腰を落とした。世間話が落ち着くと、彼は先ほどの話の続きを始めた。 


「俺、実は中学ん時に加茂井に女を奪われたんだ」

「えっ!! 加茂井くんが木原くんの彼女を? ……信じられない。……あのっ、この話をメモしてもいいですか」

「えっ、メモ?? どうして」

「大切な話をする時にいつもメモしてるんです。誤解や聞き逃しが原因で過去に辛いことがあったので。それに、私の口から加茂井くんには伝えないので」

「それならいいよ」

「ありがとうございます。ちなみに彼女のお名前は?」


 私はブレザーのポケットからメモを取り出してペンを滑らせる。


「どうして彼女の名前まで聞くの?」

「念の為に。……ダメですか?」

「別にいいよ。会う訳でもないだろうから」

「ありがとうございます」

「彼女の名前は新堂ミキ。俺さ、あいつに本気で惚れてたんだ。半年くらい片想いしていて中三の春に告白した。結ばれた時は嬉しかったよ。絶対にフラれると思ってたからね。……でも、それから3ヶ月経ったある日、ミキが加茂井と手を繋いで歩いてるところを見ちゃったんだよね」

「そ、そんな……。何かの間違いじゃ……」

「間違いなんかじゃなかった。それをミキに問い詰めたら、『ごめんなさい』の一点張りでさ。あいつとの関係認めてやがんの。だから、彼女にのめり込んでた自分がバカバカしくなったよ。俺がこんなにあっさり女を奪われるなんて思ってもいなかったし」

「本当に加茂井くんがミキさんを奪ったんですか?」

「だったら彼女は非を認めないだろ。それに、矢島には平等な目で見て欲しいから今回話した。だから、加茂井だけに肩入れして欲しくない」

「……」

「それからミキは俺の元に戻ってきたけど、1ヶ月程度で関係は終わった。と言うより、終わらせた。結局、好きな人が出来ても惨めな想いをするだけ。だから、人を好きになるのが怖くなるよ」

「木原くん……。でも、その話がもし本当だとしたら、加茂井くんとしっかり向き合うべきです。ミキさんを奪った原因を聞き出すべきだと思います」

「俺が、あいつと向き合う? 無理無理! 被害者はこっちなんだから、あいつが先に謝るべきだし」

「でも、ちゃんと話し合わないと。もしかしたら少し誤解があるかもしれないし」
「俺は謝らないよ。あの時は飯が喉を通らなくなるくらい傷ついたから」


 彼はそう言うと、切ない表情で外を眺めた。
 赤城さんの一件があったから、話を聞くまで木原くんが一方的に悪いんだと決めつけてた。
 でも、もし木原くんの話が正しかったら辛かっただろう。
 まだ加茂井くんからその話を聞いてないから事実はわからないけど、この話を聞いた瞬間から木原くんの悩みを背負うことになった。


「木原くんは、どうして私と友達になりたいんですか?」


 何故この質問をしたかというと、木原くんが近づいてきた意図を知りたかったから。


「矢島は自分が変わろうとする力がハンパないから」

「えっ……」

「羨ましかったんだ。人目もはばからず校庭からメガホンを使って大声で告白したり、メイクで別人になった姿で登校してきたり。やることなすこと大胆でさ。俺に足りないものをいっぱい持っててカッコいいなと思って友達になりたくなった」

「それは全部加茂井くんの力になってあげたかっただけです」

「ははっ。口を開けばすぐ”加茂井”だよね。そーゆー一途なところも凄いなって思うよ。まるでミキに恋していた時の自分を見てるようで」

「木原くん……」


 木原くんのことを少し誤解してたかもしれない。
 加茂井くんは赤城さんを奪われてしまった恐怖が残っているせいか、木原くんは下心があって私に近づいてると思ってる。だから、私も目に映したものだけを信じてしまった。
 でも、実際は赤城さんと付き合ってるんだし、私と友達でいても何も問題はない。
 それに、木原くんは私が加茂井くんに想いを寄せていることもちゃんと理解してる。