――俺は、何をやってるんだろう。
矢島が担任に頼まれてゴミ捨てに行ってからなかなか教室に戻ってこなかったせいか、無意識のうちに探していた。
廊下から見える一階通路はゴミ捨ての際に絶対通ることを知ってるからボーっと眺めていると、矢島が誰かと一緒にいるのがわかった。
身を乗り出して見てみると、それは木原だとわかる。
しかも、困惑している矢島にしつこく何かを言っていたから、じっと耳を澄ませた。次第にそれが遊びに誘われているとわかった瞬間、足元に落ちていたテニスボールを力いっぱい投げて二人の真横に叩きつけた。
木原は俺からまた大切なものを奪おうとしている。
それは、二度目じゃなくて、次で三度目に……。だから、この瞬間に釘を打っておこうと思った。
矢島が教室に戻って来ると、俺は彼女の手を取って教室を出た。
階段を上って四階の踊り場へ行き、彼女の手を離して言った。
「これからは、大地から二メートル離れてくんない?」
「えっ、どうしてですか? 座席の関係で無理な時もあります」
「……っっ! それでも避けろ。……いいか、俺があいつに沙理を奪われたのを見ただろ? あいつは俺の女を狙ってる。俺を傷つける為に意図的に女に近づいて奪っていく。あいつは女にはいい顔してるけど、それくらい卑劣な奴なんだよ」
俺はいかり肩になっている背中を向けると、拳をワナワナと震わせた。
――正直、矢島は取られたくない。
別に恋愛感情がある訳じゃないけど、俺には木原に女を取られる恐怖が襲いかかっている。
あいつは顔がいい上に饒舌だから、女はあいつのひとこと程度でコロッと傾いてしまう。そして、一度傾いた女は二度と戻って来ない。
「そんなことないと思います。……私は遊ぼうと言われただけだし、普通に友達として誘っただけみたいだし」
「それが無理」
「えっ、どうしてですか?」
「お前がいないと沙理にヤキモチを妬かせる計画通りにいかなくなるだろ」
「…………そう、いうことですか。さっきは加茂井くんが木原くんから引き離してくれたからぬか喜びしてました……」
彼女は段々と語尾が小さくなっていき、シュンとうつむいた。
俺達は偽恋人を演じてるだけなのに、そんな悲しそうな顔をされるとこっちまで気分が落ちていくのは何故だろう。
「ごめん……。深い意味で言った訳じゃない。そんなに落ち込むと思わなかった」
「いいんです。でも、木原くんから赤城さんを引き離せば復讐になりますよ」
「俺はそんなに簡単な復讐をするつもりはないから」
矢島は何も悪くないのに、俺はさっきから何をイライラしてるんだろう。
もしかしたら、木原に百発百中女を取られてるから気が焦ってるのかもしれない。
矢島は俺のことを好きでいてくれるから簡単になびかないと思うけど、二度に渡って傷ついた心は簡単に修復しない。