――翌日の土曜日。
 私は母に買い物を頼まれて駅前に向かった。目的地のスーパーの向かいのドラッグストア前でボディーローションの試供品を配布をしていたのでそのまま立ち寄る。
 化粧品売り場に設置してある鏡と目があった瞬間、足が止まった。何故ならそこには冴えない表情の自分が映っていたから。


「あの……。もし良ければ、メイクをしていきませんか?」


 後ろから女性が声をかけてきたので振り返ると、そこには20代前半くらいの販売員が立っていた。
 普段からすっぴんの私はメイクに興味がないので来た道をUターンしようとすると、彼女は私の背中に向けて大きな声をかぶせてきた。


「私、新人なんです! メイクの勉強をしたくて今朝から何人も声をかけてきたけど誰も足を止めてくれなくて……」

「……」

「よりキレイになるお手伝いをしたいのにお客様は化粧品を買わされると思っているのか、なかなか話を聞いてくれなくて。どうしたら足を止めてくれるんでしょうかね……」


 強い押しに負けて振り向くと、彼女は深刻な様子を見せている。
 最初は無視して店を出ようと考えていた。でも、彼女の不器用さが自分を鏡に映してるように見えてしまった。


「その気持ち、わかります。私も良かれと思ってやってることが裏目に出てしまうこともありますから。……とりあえず、このイスに座ればいいですか?」

「……えっ。もしかして、メイクしてもいいんですか?」

「こんな顔で良ければ」

「ありがとうございます。どうぞおかけ下さい」


 気は進まないけど、買い物以外の予定はなくて時間を持て余しているし、彼女も困ってるようだったので、人助けだと思って練習につきあうことにした。
 イスに座って黒縁メガネを外すと、彼女は私の肩にケープを巻いてからピンで前髪を固定した。


「うわぁ〜。お顔が小さくてお人形さんのようですね。肌が白いし、まつ毛が濃くて長いし。肌質もいいです。こんな素敵なお顔なのに、メガネで隠しちゃうなんて勿体ない」

「褒めても化粧品は買いませんよ……」

「いいんです! その代わりたっぷり練習させて下さいね」


 彼女はそう言うと、コットンに含ませた拭き取り化粧水を顔に滑らせた。

 人にメイクをしてもらうのは初めてだった。だからドキドキしている。
 ベースメイクを終えた後、アイシャドウ、アイライン、マスカラ。軽く眉毛を整えて、チークとリップを塗って完成。
 その間じっとしたまま彼女に身を委ねていたけど、20分後の顔は鏡に目が吸い込まれるくらい別人になっていた。


「すっごっ!! 私じゃないみたい。メイクって人を変えるんですね。ここまで変わるなんて……。甘く見てました」


 右に左に、鏡に顔を映して角度を変えながらメイクの状態を確認する。
 鏡の向こうには少しだけ背伸びをした自分が映っていた。
 元々目は大きい方だけど、アイラインを引いただけでよりぱっちりしてるように見えるし、ピンクのチークがふんわりとした印象を醸し出している。 


「お客様の美しさがより一層際立ちましたね」

「ありがとうございます。自分でもこんなに変わるなんて思いもしませんでした」

「私は幸せになるお手伝いができればと思ってこの仕事に就きました」

「幸せになる……お手伝い?」

「はい! 女性はキレイになれば気分も上がりますし、自信にも繋がります。変わるということは、輝くということです。私はお客様が輝ける未来のお手伝いをしたいと思ってこの仕事に就きました」

「キレイは自信に繋がるし、輝く……か」


 今まで考えたことがなかった。輝いてる自分を想像することが。
 それに加えて、他人から見た加茂井くんの隣にいる自分を。
 赤城さんが彼女で羨ましいと思ったのは、容姿に気をつかっていて加茂井くんと釣り合う女性でいたから。
 なのに、自分は容姿に気をつかうことなく好かれようとしている。だから、きっと笑い者になってるんだよね。

 私はもう一面の自分を鏡に映している間に新たな考えが生み出された。