――場所は”ワクドナルド”というファーストフード店。
 下校後に加茂井くんに誘われてここへやって来た。
 学校という小さな箱から加茂井くんと一緒に抜け出せたことが嬉しかった。彼とすれ違うだけでドキドキしていたあの頃が懐かしい。


「矢島、あのさ……。さっきから気になってるんだけど」

「何ですか?」

「足をガタガタさせてうるさいけど、貧乏ゆすりじゃないよね」

「違いますよ。嬉しくて身体の反応が止まらないだけです」

「あ、そう……。犬が尻尾を振ってるみたいだね……」


 彼は若干引いているけど、これでも興奮を抑えてる方。
 学校では彼女と言ってくれたり、こうやって下校後に誘ってくれたり。加茂井くんを好きになってから想像していたことが現実になっちゃうなんて夢みたい。


「これってデートですかね。座ってるだけでもワクワクしちゃいます」

「ただのミーティングだけど」

「冗談ですよ。……あっ、そうだ。加茂井くんに聞きたいことがあります」

「なに?」

「偽恋人って……、いつまで演じればいいんでしょうか」


 希望としてはそのまま本命の彼女になりたいけど、偽恋人として始まったからには必ず終わりがある。
 本当は答えを聞きたくないけど、突然彼の区切りがついた時に自分が対応できるかわからないから聞いてみた。


「……俺の気が済むまで。ダメかな」

「いえいえいえ!! 全然ダメじゃないですっっ!! むしろ大歓迎と言うか……。じゃあ、もしその間に赤城さんが復縁したいって言ってきたらどうしますか?」

「木原にぞっこんだからそれはないだろうな。だから考えないことにするよ」

「じゃあ、もし加茂井くんの気が済まなかったら彼女のままでいいですか?」

「ははっ。断ってもめげない根性半端ないな。頭が上がらないよ」


 だって、1年5ヶ月も片想いを続けてたから……。


「それが私のメリットです。じゃあ、次の質問。加茂井くんはどんな女性がタイプですか? やっぱり赤城さんのようなかわいい子がいいですかね」

「……いや、俺は顔じゃないかな。どっちかって言うと根性のある人。沙理のアタックが強い所に惹かれたから」

「ちなみに根性がある人とは?」


 私はブレザーのポケットから一冊のメモ帳を取り出してメモを始めた。しかし、同時に彼の目線もメモへ行き……。


「あのさ、どうしてメモをとるの?」

「ここ、肝心なところですから。家に帰ってからこのメモを見返そうと思ってます」

「あー、そう……」

「根性って例えばどんなんですかね。詳しく教えてください」

「うーん、そうだなぁ。例えば、校庭から校舎に向かってメガホンを使って俺に告白してくるやつとか」

「それは相当変わった人ですね」

「ばーか。そんな奴いるわけないだろ。例えばの話。これくらい根性を見せてくれる女がいたら俺の運命変わりそうだなと思って」


 それを聞いた瞬間、耳がピクリと反応した。


「運命が変わる……? 加茂井くんは告白一つで運命が変わっちゃう人なんですか?」

「ちょっと待った! そんなのメモるなよ」

「ダメですか? ……赤城さんもそんな手段で告白を? 控えめそうな人に見えたのに、人って見かけによらないんですね」

「あいつがそんなことをする訳ないだろ」

「じゃあ、どんな方法で告白を?」

「ってかさ……。矢島の質問っていつもストレートだよね。一旦オブラートに包もうと思わないの?」

「だって、偽でも加茂井くんの彼女になれて嬉しいんです。だから、いまこの一瞬だって私にとっては宝物だし、言いたいことや聞きたいことははっきり伝えないと損しちゃう気がして」


 偽恋人に終わりがあるなら、恋人期間中は精一杯気持ちを伝えていきたいし、神様から与えてもらったチャンスは絶対に逃したくない。
 たとえこの想いが繋がらなかったとしても、彼の心の中に一つでも想いを残していきたいから。
 すると、彼は頬杖をついたままプッと笑った。


「なんか、お前のそーゆートコいいな」

「えっ」

「純粋の粋……か。性格も名前の通り。そんなに純度100%でかかって来られたら、いつか好きになるかも。……なんてね」

「からかうのはやめて下さい……。それに、不意打ちのキス未遂はダメです。恥ずかしいし、唇が近づいてくるだけで……期待……しちゃいますから」


 私の頬がポッと赤く染まると、彼は口からストローを外して身体を揺らしながらむせ始めた。


「うっ……ゴホッ……ゴホッ、ゴホゴホッ!!」

「だっ、大丈夫ですか?!」

「お前といるとマジで調子狂うな……。冗談で言ったつもりなのに、そんなに好きでいてくれると逆にどう接していいかわからなくなる」

「いつも通りの加茂井くんでいいですよ」


 ――終わりが見えてる恋。
 期待した分、傷つくのが目に見えているからこのままでいい。
 こんなリップサービスですら幸せを感じるくらい、私は彼が好きだから。