――今から1年5ヶ月前の雨足が強いある日。
 私は学校からの帰宅途中に一人の男子高生に恋をした。


「お前、捨てられちゃったの? それに足にケガしてる……。もしかして、カラスに襲撃されちゃったのかな」

「ニャー……」

「腹まで血が滲んでる。痛かったよな。……でも、もう大丈夫。今日から俺がお前の家族になるからね」


 それは、車道の隅に置かれた段ボールの中の子猫を見つけた私が、少し離れた場所で母親に捨て猫の保護をしていいかの確認の電話をしている最中の出来事だった。
 傘を傾けて声の方を辿ると、段ボール前にしゃがみ込んでいる彼は傘をさしたまま心配そうな眼差しで猫に声をかけている。
 その光景があまりにも美しかったから、スマートフォンが耳から外れるほど見惚れてしまった。


 彼は雨のカーテンに遮られた奥で子猫を抱き上げて、指先で猫の頭や身体をなでて状態を確認している。
 猫も呼びかけに応えるように愛くるしい声を鳴らす。
 その身体は手中に収まるほど小さくて、およそ生後1ヶ月程度と見られる。


 彼は体裁を気にする様子もなくその場から立ち上がると、胸に猫を抱えて去って行った。
 その一部始終を見届けた私は、胸に恋のファンファーレを響かせていた。



 ――彼の名前は加茂井朝陽(かもいあさひ)。私と同じ高校に通っている。
 黒髪のセンターパートスタイルで、ぱっちり二重に童顔のイケメンだけど、喋った事はなく顔を知る程度だった。
 でも、彼の優しさを目の当たりにした瞬間から私の好きな人になった。


 あの日を境に、彼の横を通り過ぎる度に全神経が反応するようになった。
 彼が近くにいる時は、愛用しているヘッドホンを外して彼の声だけを耳に吸い込ませるほど。それだけでテンションが上がるくらい恋レベルが上がっていたから。

 365日灰色だった空の隙間に虹がかかったように見えたのは、心の中に新芽が生えたから。



 ――でも、私の恋は叶わない。
 何故なら、運命のあの日から5か月後に彼に恋人ができたから。
 私は彼の幸せそうな姿を遠目から見守るだけ。
 結局、恋人が出来るまでの5ヶ月間に何もできなかったのは、意気地なしの自分が恋路を立ち塞いでいたから。
 本当はわかっている。勇気を出したものが強者なんだと。

 その上、私は彼にふさわしくない。
 何故なら私は……。