「三波先生、こんにちは」 

 相談室へ入って三波先生に自分の声で初めて挨拶を交わすと、先生は目を丸くすると同時に、涙ぐんでいた。
 
 一週間前に澤部さんが来てくれたときから、私は三年ぶりに声を取り戻すことができた。先生やクラスメイトは驚いていたけれど、もう声のことでいじめられることはなかった。
 三波先生に初めて自分の声を出せたことの嬉しさが胸いっぱいに広がる。

 「音葉ちゃん頑張ったんだね、良かったね……!」

 「……ありがとうございます。三波先生が傍にいてくれたから。だから私、いつも頑張れていたんです」

 「ううん、そんなことない。音葉ちゃんが頑張ったんだよ。苦しみを乗り越えたんだよ。本当にすごいよ」

 三波先生は私のことを分かってくれる。私は頑張ったんだ。苦しみを乗り越えられたんだ。三波先生の言葉の優しさが心に残る。
 高校に入ってから、三波先生に相談して良かったなぁと改めて思う。

 「じゃあその澤部さんという方が来てくれたから、音葉ちゃんは声が出るようになったってこと、かな」

 「はい。自分でも信じられないし、澤部さんのことを許す気はありません。でも当たり前じゃない日常を大切にしないと、ってことに気づかされて感謝してます」

 澤部さんは私をいじめた理由を打ち明けてくれた。大人しくてマイペースな私だったけれどいつも隣に友達がいて、楽しそうだったのが羨ましかったらしい。
 自分の声で自分の気持ちを伝えるということは、当たり前ではない。それを澤部さんが、私をいじめた彼女たちが気づかせてくれた。

 いじめる側は一瞬だけど、いじめられた側は永遠に傷は残る。だから許す気はないけれど、この日常を大切にしようって思わせてくれたことには感謝している。

 「音葉ちゃん、学校は楽しい? 中学校の頃からいままでで、きっと環境変わったよね。どう、楽しいって思ってるかな?」

 三波先生の問いかけに、答えは一つしか浮かばなかった。以前だったら、中学校でいじめられたときから環境は変わっていないと思っていた。
 でもいまは私自身に変化がある。自分にとってはとても特別なもの、 “声” を出せているのだから。

 「――はい。苦しいことも無くなったし、楽しめるように頑張ります」

 「そっか、それなら本当に安心だよ。いままでよく頑張ったね、音葉ちゃん。青春をありのままに楽しんでね」

 私は三波先生の目を見つめながら、首を縦に振った。三波先生は私の恩人だ。声が出るようになったのは三波先生に抱えている悩みを相談して、乗り越えられたから。
 でももう一人いる。――谷岡さんも、私の人生を変えてくれた。二人がいてくれるなら、きっとこれからも私は大丈夫だ。

 そう思っている、翌日からだった。谷岡さんが学校に来なくなったのは――。