高校になってから環境は変わるかと思ったけれど、そうではなかった。声が出ない私を見てクスクス笑う人や睨んでくる人がほとんどだ。世界はどうして差別というものが存在するのだろう、と思う。

 私はみんなとは違うんだ。私は変わり者なんだ――そう思い始めるようになった。

 「奏真さんおはよぉ」

 今日もいつものように教室へ行くと、珍しくクラスメイトの女子に声を掛けられた。私は声を出せない分、ぺこっと解釈した。
 声を掛けられて嬉しいのに、挨拶を返せないのはすごく虚しい。

 「ねぇねぇみんな、奏真さんに無視されたんだけど」

 「えー、ひどーい」

 「おはようくらいは声出せるんじゃないの?」

 みんな、私を見て嘲笑う。こんなの中学校のときから慣れている、はずなのに。あのときと同じように呼吸が荒くなり、胸が苦しくなる。
 クラスメイトの視線が痛くて、すぐにでも逃げ出したくなってしまう。

 『奏真さん、おはよう』

 ただ、教室にあの子が入ってきた途端、爽やかな雰囲気が漂った。みんな私のことなんかどうでもいい、と言っているように。
 谷岡さんは私へ向けて書いた紙を、机にすっと出してきた。

 『おはよう、谷岡さん』

 『大丈夫? いま、いじめられて逃げ出しそうな顔してたから』

 谷岡さんはよく人のことを見ているんだ。私がいじめられていたことも、逃げたいと思っていたことも悟ってくれる。
 美しい表現はできないけれど、すごい。谷岡さんは私とは比べられないくらい、強くてすごい人なんだ。

 『ありがとう。大丈夫だよ』

 『嘘でしょ。大丈夫じゃない人ほど、大丈夫っていうんだよ。私もそうだから分かる』

 うっ、その通りだ……と思いながら、書いている手を止めた。
 自分は大丈夫ではない。こんなにも苦しい思いをしながら過ごしているのだから。だけど、人に聞かれたら大丈夫としか答えられない。

 『後でちゃんと話してほしい。私相談乗るから』

 『分かった。ありがとう、谷岡さん』

 本当は人に悩みを打ち明けるなんてしたいと思っていない。谷岡さんだってまたあの日の彼女たちのように、私のことを苦しめるのかもしれないから。

 けれど、似たような悩みを持っている谷岡さんには、何故か話そうと思ってしまう。谷岡さんは私の人生を変えてくれそう――そんなよく分からない直感が心のなかに秘めてあった。