――声が出なくなったのは三年前、中学二年生になったばかりのときだった。
平凡に、みんなと同じように周りに合わせていつもにこにこしていた。嫌われて一人ぼっちになるのが、なんとなく怖いから。
ある日の放課後、澤部 更さんという人物が率いる、クラスの女子達が私へ話しかけてきた。澤部さんはクラスのリーダーで華やかな存在だ。
「ねぇ、奏真さん。奏真さんって何でいつもにこにこしてるの?」
「……えっと、周りに嫌われたくないから、かな」
澤部さんたちはいつも休み時間や授業中に騒いでいるグループだ。私は怖くなってしまい、素直にそう答えた。
すると澤部さんたちは腹を抱えて大きな声で笑い出した。
「何か奏真さん見てるとイライラするんだよね」
「わかるー! 自分の意見を言わないから “いい子ちゃん” って感じ」
「それなー、絶対自分で優しいとか思っちゃってるでしょー?」
私はその澤部さんたちが何を言っているのかさっぱり分からなかった。だって自分のことを優しいと思っていないし、いい子ちゃんだなんて自覚がなかったから。
「黙ってないで何か言えよ!!」
「そういうところがうざいんだよ」
どうして? どうして私がそんなことを言われなければいけないの?
あなた達には、関係ないでしょ――そんなことを言えるくらい、正義感が強ければ良かったのに。
でも私は澤部さんたちが言っていたように、自分の意見を言うことが苦手だ。嫌われるのが怖いという理由で。
「……ごめん、なさい」
「うわ、謝るとかやっぱいい子ちゃんだよねー」
「がちでうざい。あんたなんか消えちゃえばいいのに」
私はその澤部さんの言葉が心の奥深くに刺さり、いつの間にか教室を出て廊下を駆け出していた。
廊下を走っている間も、教室にいるあの澤部さんたちの悪魔のような笑い声が聞こえてきて、耳を塞ぎながら。
何で? 私が何か悪いことをした? 私が彼女たちに何か嫌な思いをさせたの?
そんな疑問を持ちながらただひたすら走っていた。どこまでも続く転びそうになる廊下は、長い長い人生のように思えた。
「ストレス性失声症です」
その翌日。朝起きると声が別人のように枯れていて、思うように声を出せなくなっていた。母親にそのことを伝え、病院へ連れて行ってもらった。
すると “ストレス性失声症” であることがわかった。
「何か精神的なストレスになるきっかけがあってなる病気なのですが……音葉ちゃん、何か思い当たることはあるかな?」
「……音葉、何かあったの? お母さんに、言ってみて」
私は素直に言おうと思い、口を開けた。けれどその途端、先日の彼女たちの言葉が脳裏に浮かんだ。
『あんたなんか消えちゃえばいいのに』
もしかしたらお母さんも、お父さんも、友達も。全員私のことをそう思っているのだろうか。そんなことを考えてしまって、結局何も言えなかった。
その日から学校は行けず、中学校三年間があっけなく終わってしまった。何とか高校には入れたから一安心だけれど、今でも人間関係は上手くいっていない。
またあの日のように苦しめられたらと思うと、ずっと声が出ないままだった――。
平凡に、みんなと同じように周りに合わせていつもにこにこしていた。嫌われて一人ぼっちになるのが、なんとなく怖いから。
ある日の放課後、澤部 更さんという人物が率いる、クラスの女子達が私へ話しかけてきた。澤部さんはクラスのリーダーで華やかな存在だ。
「ねぇ、奏真さん。奏真さんって何でいつもにこにこしてるの?」
「……えっと、周りに嫌われたくないから、かな」
澤部さんたちはいつも休み時間や授業中に騒いでいるグループだ。私は怖くなってしまい、素直にそう答えた。
すると澤部さんたちは腹を抱えて大きな声で笑い出した。
「何か奏真さん見てるとイライラするんだよね」
「わかるー! 自分の意見を言わないから “いい子ちゃん” って感じ」
「それなー、絶対自分で優しいとか思っちゃってるでしょー?」
私はその澤部さんたちが何を言っているのかさっぱり分からなかった。だって自分のことを優しいと思っていないし、いい子ちゃんだなんて自覚がなかったから。
「黙ってないで何か言えよ!!」
「そういうところがうざいんだよ」
どうして? どうして私がそんなことを言われなければいけないの?
あなた達には、関係ないでしょ――そんなことを言えるくらい、正義感が強ければ良かったのに。
でも私は澤部さんたちが言っていたように、自分の意見を言うことが苦手だ。嫌われるのが怖いという理由で。
「……ごめん、なさい」
「うわ、謝るとかやっぱいい子ちゃんだよねー」
「がちでうざい。あんたなんか消えちゃえばいいのに」
私はその澤部さんの言葉が心の奥深くに刺さり、いつの間にか教室を出て廊下を駆け出していた。
廊下を走っている間も、教室にいるあの澤部さんたちの悪魔のような笑い声が聞こえてきて、耳を塞ぎながら。
何で? 私が何か悪いことをした? 私が彼女たちに何か嫌な思いをさせたの?
そんな疑問を持ちながらただひたすら走っていた。どこまでも続く転びそうになる廊下は、長い長い人生のように思えた。
「ストレス性失声症です」
その翌日。朝起きると声が別人のように枯れていて、思うように声を出せなくなっていた。母親にそのことを伝え、病院へ連れて行ってもらった。
すると “ストレス性失声症” であることがわかった。
「何か精神的なストレスになるきっかけがあってなる病気なのですが……音葉ちゃん、何か思い当たることはあるかな?」
「……音葉、何かあったの? お母さんに、言ってみて」
私は素直に言おうと思い、口を開けた。けれどその途端、先日の彼女たちの言葉が脳裏に浮かんだ。
『あんたなんか消えちゃえばいいのに』
もしかしたらお母さんも、お父さんも、友達も。全員私のことをそう思っているのだろうか。そんなことを考えてしまって、結局何も言えなかった。
その日から学校は行けず、中学校三年間があっけなく終わってしまった。何とか高校には入れたから一安心だけれど、今でも人間関係は上手くいっていない。
またあの日のように苦しめられたらと思うと、ずっと声が出ないままだった――。