「どうしたらいいかな、って思って・・・・・・人間界には行かないようにして、できるだけ黙って、埋没するように生きて・・・・・・ほら、ここだったら、容姿で浮くことはないでしょう?」
 白銀、黒、朱。緑や青、茶色、灰色。この世界の人は、皆色彩豊かだ。自然がそうなように。
 くるくると、長い髪の先をいじりながら、月紫が笑う。眉の間を狭くして、それでも口角を上げる。
「そしたら最近になって周りの子もちょっとずつ忘れてくれて、話しかけてくれる子も出てきたんです」
「そっ、か・・・・・・」
「ふふ、見つけられなかったでしょう、ウサギ姿のときの私」
 そんな過去の話を聞いて、なんと答えたらいいのかまごつく煌に向けた月紫の笑顔に、言葉を失う。この子は、こんな生き方を望んでいるのだろうか。
 そんなわけがない。こんなに痛々しい笑顔を浮かべているのだから。
 でも煌には一つ、胸を張って言えることがある。
「それが、すぐにわかったんだなあ」
「ふふ。ウサギなんて群れてなんぼなんで。わからないのもしょうがないんですけどね」
「いや、わかったよ?」
 もう一度。
 月紫の笑顔が固まる。
「・・・・・・え?」
 この流れ二回目だ、今日。
「俺、目、いいんだよね。月紫、真っ白だから見つけやすかった」
「へぇ・・・・・・??」
 理解しきっていない顔のまま、月紫が曖昧にうなずいた。なんだかうまく説明できなさそうだったから、話題を転換する。
「あ、そう、俺視察密使に選ばれたんだ」
「え? ああ、そうなんですね。だからガイドブックを。ん? あれ、でも行ったことあるんですか?」
「あるある。何百回もあるぞ。日本だけじゃなくて、アメリカにだって。・・・・・・なあ、月紫」
 一つ、彼女の勘違いを正してあげたい。人間界の各地を飛び回る、俺だから言えることを。
 急に呼びかけられて、月紫は不思議そうな顔をする。
「外国に行けば、もっといろんな髪色の人がいるぞ。日本では、確かに染めてる人とか少なかったかもだけど。ああ、瞳の色も。青や、緑の人なんてたくさんいるんだ。ん? あ、でも確かに赤色は少ないかも・・・・・・」
 励ますつもりがなんだか最後は尻切れとんぼになってしまった。
 だけど、月紫はちょっと目を見開いて、それからふっとかすかな微笑みを浮かべた。優しくて、眉の間が開いた柔らかな笑み。本当にかすかな、わずかな笑顔だ。
 だけど、そこに含まれる感情が、透けて見える。喜び。そして、安堵。
「そう、だったんですね。初めて知りました。外国、かぁ。どんなところなんだろう」
「人間界楽しいぜ。また土産話持って帰ってくる」
「え、いいんですか? 実はすごく興味があって。ボウリングとカラオケ、あとカフェ! 行けてないんですよね結局」
 急に表情が明るくなって目を輝かせる月紫。そんな変化になんだか安心して、うん、と力強くうなずく。
「うーん行けるかな・・・・・・あ、カフェなら美味しいとこ知ってる。あんまりメニューはややこしくないし、個人経営の小さなお店だけど・・・・・・美味しいんだ。えっと、確かこれに載ってるって聞いたんだよな」
 前回会ったとき、二夏に散々自慢されたから、いつ出版の何ページかまで覚えている。
 うん、あのときは話の終わりを切り出すのに苦労した・・・・・・。
 しみじみと思い出しつつページを探していると、「すみません」と、声がした。
「はい?」
「そろそろ、閉館時間なのですが」
 鋭い夕陽が差し込んでいた先ほどとは打って変わって、ほの暗く、がらんとしたテラス。イヌ耳がぴょこんと出た司書さんが横に立って、少し困ったような顔をしていた。