「会いに、行ったんです。中二の春、だったかな。あったかい時期でした。学校に許可をもらって、会いに行ったんです」

 初めての一人旅だ。待ち合わせ場所まで、早鐘を打つような心臓を抱えながら走った。
 黒眼黒髪の、優しそうな人だった。春の陽光に細められた目が、こちらを捉える。
 ゆっくりと、その目が開かれて、そして、彼は少し、顔をしかめた。驚きと、戸惑い。微かな、嫌悪。
 ──え。
 小さな声が聞こえた。明らかな狼狽が滲んでいる。変な格好だっただろうか。オフショルダーのトップスと、柔らかい素材のロングスカート。春にふさわしいはず。
 あとは、薄い化粧と、おろしたロングの、膝裏まである髪の毛、と──。
 自分の姿を見下ろして、すぐに気づいた。ああ、そうか。この私の瞳と髪色だ。
 赤っぽい目と、白銀の髪。だから視線が気になったのだ。だからひそひそと、あたりからなにかを囁く声が聞こえたのだ。
 月紫が生きてきた狭い世界では、これが当たり前だった。髪色や瞳を気にしたことなんてなかった。だけど、周りを見て、すぐに気づいた。
 浮いている。
 すぐにUターンすれば、よかったのかもしれない。だけどはっとしたときにはすでに、彼の目の前にいた。
 ──ツクシ?
 ──あ。はい・・・・・・こん、にちは。
 ぎこちなく、答えた。小さく手を振りながら。相手は困ったような笑みを浮かべた。
 ──っああ、そっかそっか。うん。えと、その実際に会うとなんか違ったっていうか。ってごめん、なんか・・・・・・。
 結局、ろくに話も弾まないままに映画を一本見終わって、適当な店に入って適当な筆ペンを買ってもらってしまい、急用があるからと嘘をついて帰ってきた。
 並んで歩く間も、映画を見ている間も、ちらちらと彼の視線がこちらによこされていたことに、いやでも気づいた。周りの視線よりずっと、痛いそれは、月紫の心を刺し続けた。
 人間界デビューはあっけないほどに玉砕して、だけど問題は、もっとその先にあった。

 あの子この前、人間界に行ったらしいよ。まだ卒業もしてないのに? 好きになった人がいるんだって。やば。動機不純すぎでしょ。
 意気消沈で月虹寮に帰った月紫を迎えたのは、そんな心無い言葉たちだった。
 どこからもれたのだろう。そんな噂が、月虹寮を駆け巡っていた。
 制服を着た寮生の間を縫って、春らしいワンピースを隠しながら部屋に駆け込んだ。
 月紫を異として認めた玉兎たちは、急速に離れていった。月紫の周りにはほとんど誰も残らなかった。
 そもそも親友と呼べる存在はいなかった、というのは嘘。親友だと思っていた子も、離れていったのだ。
 ──いや、違う。あからさまな仲間はずれではなかった。いじめでもなかった。ただ、距離が空いたのだ。
 変わり者。怖い人。そんな目で、見られるようになった。
 もともと人の機微に敏感な月紫は、そんな周囲の流れをすぐに感じ取った。
 居場所がない、と。
 ずっと、広いと思っていた人間界。それどころか、この狭い世界にさえ。