はっと意識が戻る。半身を起こした月紫は、驚いた顔で煌を見つめていた。ああ、やっとこちらを見てくれたと少しほっとする。
「日華さん、は、どうなったの? まだ見つかってないの?」
 月紫に問われて、小さくうなずく。
「たぶん人間界に行ったんだと思う。そんで、たぶん、きっと──いや、絶対に自由に楽しく生きてる」
 煌が信じている、願望だ。
 どうか金烏だからとか女に生まれたからとか、そんなもの関係なく自由に、しがらみなく、自由に。
 きっと人間界の方が、まだ金烏の郷よりも幾分かは先進的だから。
 だからどこか見つけてやりたくない気持ちもあって、的外れかもしれないと思いながら様々な場所を転々としている。彼女を探す目的で人間界に行ったことは一度もない。
「なあ、月紫。俺は、日華とは小さな頃から兄妹で、・・・・・・一時気の迷いはあったけど、本当に大切な、帰るべき故郷、だったんだ」
「・・・・・・なーんだ。煌って、家族大好きなだけなんだね」
「家族というか兄弟が、だけど・・・・・・」
 ぼそりとつぶやいた声はたぶん、月紫に届かなかった。届かなかったし、届かなくていい。
「私も悪かった。全然、ぜーんぜん本人に聞かなかったのが悪いよね」
「それはそう。急に来なくなって心配したんだから」
 また月紫が少しむっとした。
「そこは、そんなことないよって言ってよ。・・・・・・あーあ、なんか疲れた」
 ぐっと一度伸びをしてから、月紫は再び芝の上に寝転がる。
「月紫が逃げるから、俺大変だったんだぞ。あー疲れた」
 同じセリフで文句を垂れつつ煌も隣に寝そべった。それから、お互いの方を向いて、見つめ合う。
「私さっきいろいろ恥ずかしいこと言ったね、なんか。忘れてね?」
「アイデンティティとか、離れないでとかか?」
「はっ? バッチリ覚えてるじゃん最悪。も〜・・・・・・やだ・・・・・・」
「はは、たぶん忘れねーなぁ。誰かのアイデンティティになったのは初めてだし」
 月紫は顔を覆ったまま、腰ほどまでの銀髪から赤くなった耳を覗かせている。
「まあ、俺も、うまく伝えられねーけど・・・・・・けど、一応言っとく。俺だって月紫がアイデンティティだし、どこにも誰のもとにも行ってほしくないよ」
 月紫が驚いたように顔から手を外して、しばらく呆気に取られてから、口を開く。
「・・・・・・ありがと。うん」
 それから、ちょっと悲しそうな笑顔を浮かべる。
「煌が離れていっちゃったら私もこの世から消えていなくなるんじゃないかって、それが怖い。でも、だからって煌を縛りつけるのもよくないのわかってるんだよね」
「月紫?」
「だから私が頑張る。煌が笑顔で隣にい続けてくれるように。私が煌のアイデンティティになれるように」
 一転、にこっと、大輪の花の如く明るい笑顔を浮かべる。
 そんな彼女に、すでに強く惹かれていることに、煌は気づいていた。
 互いを見つめて、どちらからともなく息を呑む。何気なく手のひらを合わせて、指を絡めたとき、
 急にふっと意識が途切れた。