ホワイトガーデン、目の前にはオシロイバナ。その先に、駆けていくウサギが見えた。
 また追いかけっこだ。
 いつしか、白い花をつける植物たちで構成された細長い一本道に入っていた。
 途中で彼女の姿を見失ってしまったが、一本道なのだ、このまま進んでいけば追いつけるはず。
「月紫っ──・・・・・・あ? なんだ、やけにのどかだな。月紫ー?」
 急に辺りが、開けた。柔らかな陽光、そよそよと辺りを渡る風。あれほど咲き誇っていた白い花はなく、一面あおあおとした草原が広がっている。
「あ」
 少し歩いた先に、図書館の中庭に生えているものに似た木が立っていることに気づいた。
 ビビりながら進んでいくと、その根元に寝転ぶ、人間の姿の月紫がいる。近づけば、彼女と目が合った。
 煌が声を掛けるより先に、向こうがにこりと微笑む。
「あ、煌だぁ・・・・・・ふふ、夢なのになぁ。明晰夢、初めて見たな・・・・・・楽し、かった・・・・・・」
 寂しそうに、どこか楽しそうに、嬉しそうに、言う。
「月紫。やっと追いつけた」
「ずっと逃げててごめんね。全部、付き合ってくれてたんでしょう? かぐや姫のときから、ずっと」
「気づいてたのか」
 隣に座る。いつもの、昼下がりのように。いつもの、中庭と同じように。
 煌が座る動作を少し眺めてから、月紫は澄み渡る青空に視線を戻した。
「追いかけてきてくれるかな・・・・・・って。いや、逃げたかったのかな。近づきたくなかったのかも。うまく言えないなぁ」
 反応に困って黙っていると、ぽつり、と月紫がこぼした。
「──煌って私の、アイデンティティなの」
「月紫?」
 見下ろせば、彼女は顔をこちらに向けていた。こちらを見ているようで、どこか遠くを眺めるような、そんな視線と交差する。
「だから、・・・・・・どこにも行かないで。誰のところにも行かないで」
「月紫?」
 くしゃっと月紫の眉根が寄って、泣きそうな顔になる。
「でも、彼には故郷に──もっと大事な人がいるんだって・・・・・・待ってる人が、いるんだって」
 まるで、ここにはいない誰かに語りかけるように。
 一瞬、声が出なかった。
 違う。
 違うよ、月紫、勘違いだ。
「ははは・・・・・・夢の中とはいえ本人に、こんな話しちゃな・・・・・・ダメだよね」
 なにもかも、伝わっていない。
 焦燥が胸を襲うが、うまく言葉として口から出ていかない。どうすれば俺が俺であると伝えられるか。どうすればあのことを──日華のことを伝えられるのか。
 ──風景が、変わり始める。そこは懐かしい、金烏の郷だった。