雨に軽く濡れながら走って着いた医務室の前の廊下に、なにかへんてこな機械が置いてあることに気づく。変なワイヤーやボタンがあちこちについた箱型の機械だ。
「え、なんだこれ」
あまりにも見慣れないものだったから、ついしゃがんでのぞき込む。なんだろう・・・・・・つい興味本位で、いろいろ触って試してみる・・・・・・いや、わかってる。よくないよな? わかってる、わかってるんだけどさ。
だからこのボタンだけちょっと最後に押してみるだけ押してみて──
「へっ? ちょ、なにして・・・・・・あっ、ばかぁあああっ」
かちっ
あの日、ババ抜き大会で出会った獏の声が背後からしたかと思えば。
ひゅん、と落ちるような感覚のあと、煌は見覚えのない場所に立っていた。
「は? え? な、え、ど、どこだここ」
なんとも古風な部屋だ。板張りの床に、壁は襖、やけに豪華な絵が描かれている。瞬間移動? か?
『はぁああああ・・・・・・』
あたりを見まわしつつ戸惑っていると、ため息が聞こえた。でっかいため息だ。謎にエコーがかかっている。頭に響くような感じの声。
『なんてことをしてくれたんすかあ・・・・・・』
この声、聞き覚えが──先ほど、ここに落ちてきたとき耳に尾を引いた声。
「・・・・・・獏、か?」
『そうっすよ。煌さんっすよねこの金髪』
「どういう状況だ? 説明してほしい」
『説明もなにも! 煌さんが! 勝手に! 俺の機械を! いじったんじゃないすかぁああっ』
キーン。・・・・・・うるさ。
「機械・・・・・・ああ、あれ?」
あの、へんてこな。
『そうっす!』
それに関してはなにも言えない。ぽりぽりと頭を書いて謝る。
「いや、うん・・・・・・悪かったよ。悪かった、あれは俺が悪い。ほんとごめん。・・・・・・悪かったけどそれは説明じゃない」
気づいた。和服を着ている。袖がやけに重い。
「説明してくれ。ここはどこだ?」
『・・・・・・・・・・・・月紫さんの夢の中、っす』
かなり間を置いて、返ってきた答えは予想だにしないものだった。
「は? 月紫、の?」
思わず問いかけ返すと、獏が数拍黙った。
『・・・・・・俺が操作してる、夢っす』
「ぁあ。獏だから? にしたって、なんで」
獏は、夢を操る力を持った特別な動物である。少し納得したが。
が、なぜ月紫の?
『月紫さんの・・・・・・夢を、うーん、目標? を、叶えてあげたかったから』
「夢? 目標、ってああ、かぐや姫になりたいとか、そういうあれ?」
『そうっすそうっす』
「え、獏、もしかして・・・・・・月紫のこと好きなのか?」
降ってきたのは沈黙。
「獏〜?」
『・・・・・・あ、物語始まるっすね。あ〜、もう、俺が入る予定だったのに・・・・・・』
「入るって、え、お前かなりヤバいな?」
『あ、それは自覚済みっす』
自覚あるんだ。
「月紫が倒れたのもお前のせいか?」
『それは違うっすよ! たまたまっす。あ、廊下で寝始めた煌さん結構外から見たらヤバいんで、医務室内にあとで移動させとくっすね』
「あ、俺廊下で寝てんの? いや、そりゃそうか。頼んだ。てか持ち上げれる? 俺結構背高いだろ」
『チビってバカにしたっすよね今。確実に』
「いや一言も言ってねえ。筋肉の心配だ、・・・・・・確かに小柄だったけど」
『俺だって本気出しゃあカラス一匹なんて余裕っす、だって本来の姿は俺の方が大きいんすよ』
「でも俺外では人型とってるからなぁ」
『またチビってバカにしました?』
「お前もしかして異次元と会話してる?」
そんなことを言っていたら、周りの景色が変わり始める。目の前にはすだれ──御簾、後ろは庭。縁側のような場所に立っているのだった。
「うお。なんだこれ」
『ここはかぐや姫の世界っす、今からかぐや姫に会いに行くんすよ。煌さんは帝っす』
「帝? とんでもねえな」
『頑張って勉強したんすから。その装束とかも実際の平安時代の天皇の衣装っすよ』
ちょっと誇らしそうなのが、声音からわかる・・・・・・あれ、案外可愛いな?
「これは、中に入っていいのか?」
『あ、そうっすね。本来昔は男女が顔を合わせるのはよくないんすけど、物語の世界なんすから気にしなくていいっす』
「そこはいいんだな」
苦笑いしながら、御簾をくぐって室内に入る。
『じゃ、天の声は消えるっすね』
それから、獏は静かになった。
室内には、長い銀髪を持った袿姿の、かぐや姫、がいた。
「えっと、失礼します?」
ゆっくり、かぐや姫がこちらを向く。
「あ」
まあ、予想はしていた。そうだろうなって思っていた。
だって月紫の夢だろ? で、月紫の夢を叶えたいんだろ? じゃあ主人公は、月紫だろう。予想外はここからだ。
見覚えのある、赤みの強い瞳がこちらをとらえた、そのときに。
かぐや姫──月紫は、素早く身を翻して煌の横を通り、御簾を払いのけ、外へ走り出てしまう。
「へっ? あ、ちょ、月紫っ」
『え、月紫さん?』
これには天の声も黙っていられなかった様子で。
追いかけようと外に出た瞬間に、周りの景色が変わり始めた。
『あ、タイムアップっす』
「は? 短っ、お前もうちょっと計画性持てよ!」
『つ、次の夢から時間を組み換え始めるっす。次は浦島太郎っす』
浦島太郎、ね・・・・・・ん?
「・・・・・・俺もしかして、亀になる?」
「え、なんだこれ」
あまりにも見慣れないものだったから、ついしゃがんでのぞき込む。なんだろう・・・・・・つい興味本位で、いろいろ触って試してみる・・・・・・いや、わかってる。よくないよな? わかってる、わかってるんだけどさ。
だからこのボタンだけちょっと最後に押してみるだけ押してみて──
「へっ? ちょ、なにして・・・・・・あっ、ばかぁあああっ」
かちっ
あの日、ババ抜き大会で出会った獏の声が背後からしたかと思えば。
ひゅん、と落ちるような感覚のあと、煌は見覚えのない場所に立っていた。
「は? え? な、え、ど、どこだここ」
なんとも古風な部屋だ。板張りの床に、壁は襖、やけに豪華な絵が描かれている。瞬間移動? か?
『はぁああああ・・・・・・』
あたりを見まわしつつ戸惑っていると、ため息が聞こえた。でっかいため息だ。謎にエコーがかかっている。頭に響くような感じの声。
『なんてことをしてくれたんすかあ・・・・・・』
この声、聞き覚えが──先ほど、ここに落ちてきたとき耳に尾を引いた声。
「・・・・・・獏、か?」
『そうっすよ。煌さんっすよねこの金髪』
「どういう状況だ? 説明してほしい」
『説明もなにも! 煌さんが! 勝手に! 俺の機械を! いじったんじゃないすかぁああっ』
キーン。・・・・・・うるさ。
「機械・・・・・・ああ、あれ?」
あの、へんてこな。
『そうっす!』
それに関してはなにも言えない。ぽりぽりと頭を書いて謝る。
「いや、うん・・・・・・悪かったよ。悪かった、あれは俺が悪い。ほんとごめん。・・・・・・悪かったけどそれは説明じゃない」
気づいた。和服を着ている。袖がやけに重い。
「説明してくれ。ここはどこだ?」
『・・・・・・・・・・・・月紫さんの夢の中、っす』
かなり間を置いて、返ってきた答えは予想だにしないものだった。
「は? 月紫、の?」
思わず問いかけ返すと、獏が数拍黙った。
『・・・・・・俺が操作してる、夢っす』
「ぁあ。獏だから? にしたって、なんで」
獏は、夢を操る力を持った特別な動物である。少し納得したが。
が、なぜ月紫の?
『月紫さんの・・・・・・夢を、うーん、目標? を、叶えてあげたかったから』
「夢? 目標、ってああ、かぐや姫になりたいとか、そういうあれ?」
『そうっすそうっす』
「え、獏、もしかして・・・・・・月紫のこと好きなのか?」
降ってきたのは沈黙。
「獏〜?」
『・・・・・・あ、物語始まるっすね。あ〜、もう、俺が入る予定だったのに・・・・・・』
「入るって、え、お前かなりヤバいな?」
『あ、それは自覚済みっす』
自覚あるんだ。
「月紫が倒れたのもお前のせいか?」
『それは違うっすよ! たまたまっす。あ、廊下で寝始めた煌さん結構外から見たらヤバいんで、医務室内にあとで移動させとくっすね』
「あ、俺廊下で寝てんの? いや、そりゃそうか。頼んだ。てか持ち上げれる? 俺結構背高いだろ」
『チビってバカにしたっすよね今。確実に』
「いや一言も言ってねえ。筋肉の心配だ、・・・・・・確かに小柄だったけど」
『俺だって本気出しゃあカラス一匹なんて余裕っす、だって本来の姿は俺の方が大きいんすよ』
「でも俺外では人型とってるからなぁ」
『またチビってバカにしました?』
「お前もしかして異次元と会話してる?」
そんなことを言っていたら、周りの景色が変わり始める。目の前にはすだれ──御簾、後ろは庭。縁側のような場所に立っているのだった。
「うお。なんだこれ」
『ここはかぐや姫の世界っす、今からかぐや姫に会いに行くんすよ。煌さんは帝っす』
「帝? とんでもねえな」
『頑張って勉強したんすから。その装束とかも実際の平安時代の天皇の衣装っすよ』
ちょっと誇らしそうなのが、声音からわかる・・・・・・あれ、案外可愛いな?
「これは、中に入っていいのか?」
『あ、そうっすね。本来昔は男女が顔を合わせるのはよくないんすけど、物語の世界なんすから気にしなくていいっす』
「そこはいいんだな」
苦笑いしながら、御簾をくぐって室内に入る。
『じゃ、天の声は消えるっすね』
それから、獏は静かになった。
室内には、長い銀髪を持った袿姿の、かぐや姫、がいた。
「えっと、失礼します?」
ゆっくり、かぐや姫がこちらを向く。
「あ」
まあ、予想はしていた。そうだろうなって思っていた。
だって月紫の夢だろ? で、月紫の夢を叶えたいんだろ? じゃあ主人公は、月紫だろう。予想外はここからだ。
見覚えのある、赤みの強い瞳がこちらをとらえた、そのときに。
かぐや姫──月紫は、素早く身を翻して煌の横を通り、御簾を払いのけ、外へ走り出てしまう。
「へっ? あ、ちょ、月紫っ」
『え、月紫さん?』
これには天の声も黙っていられなかった様子で。
追いかけようと外に出た瞬間に、周りの景色が変わり始めた。
『あ、タイムアップっす』
「は? 短っ、お前もうちょっと計画性持てよ!」
『つ、次の夢から時間を組み換え始めるっす。次は浦島太郎っす』
浦島太郎、ね・・・・・・ん?
「・・・・・・俺もしかして、亀になる?」