「──えっ。煌がぁ?」
 トイレに行った帰り、急に自分の名前を叫ばれて、立ち止まった。二夏だ。
 続けて、背中にどすっと衝撃が走る。
「うぷっ、なに──って、なに、話してるの?」
 後ろを歩いてきていた優牙がぶつかったらしい。思い切りぶつけた鼻を押さえる彼も二夏の大きな声に気づいたようで、眉をひそめて忍び足になる。
「煌が、か・・・・・・浮いた噂一つもなさそうなあいつが、って私全然彼のこと知らないんだけどね」
「私も、だよ、それは。近いようで遠い気がして──なんだか」
 ──煌煌、なに話してるの? ここからじゃよく聞こえん。
 こそこそ、こそこそ。後ろから優牙が話しかけてくる。
 ──わかんねえ。なんだ? ・・・・・・近いようで、遠い、って。
 知らず知らず、小さな声で彼女の言葉を反芻する。
 は? と、後ろで怪訝そうな優牙の声がして、肩に彼のあごが乗る。身を乗り出したらしい。正直痛い。
「え、そうなんだ? すっごい仲良さそうだったけど」
「・・・・・・たぶん、仲は良い方。けど、なんだろう。遠い、気が、するの。ってごめんうまく言えない。終わり、終わり」
 ──おい、煌煌、言われてんぞ。お前知らないうちに一線引いてんじゃないの?
 ──・・・・・・どう、だろ。
 自分ではうまくわからない。
「大丈夫? 月紫疲れた声してる」
 ──疲れた声・・・・・・。
 ──煌?
 はっと気がついた。確かに、そうかもしれない。
 初対面なのに・・・・・・どうして、二夏は煌が気づけなかったことを見つけるのだろう。いや、煌が鈍いだけなのだろうか。
「あー・・・・・・はは。わかる? 最近あんまり寝れてなくて。勉強が難しくてさ。そういや二夏って、勉強出来る方なの?」
「中の上、かなー私は。え、月紫悪い感じ?」
「うーん、最近はね・・・・・・」
 どうやら話が逸れたらしい。そろそろ戻らないと不自然だろうと優牙が言い出し、煌たちは月紫の元へと戻ることにする。
 疲れたような、重い月紫の声が、少し、尾を引いて耳に残った。