【心の健康】
 
 可憐が来てから二週間過ぎたあたりから、僕からおやすみを言って眠り、朝になると可憐におはようと言われ、大分寝不足が解消された。
可憐はよくベランダに出てボーっとしている。そして、たまにベランダ越しに海斗と楽しそうに色々話していた。
 僕から訊くことは法に違反してしまうけど、海斗に訊かれた質問に答えている可憐の話声を聴くのは違反にならないし、二人が仲良くなるのは別に悪いことじゃないと思う。というよりも、二人が仲良くなっていくことを遮るのは変だ。誰が誰と仲良くしてようと関係ない。
 関係ないけど、なんだか気になる。別に僕も会話の輪に入ればいいだけのことなのに、なんか二人を邪魔しちゃいけない雰囲気がある。
けど、基本的に可憐は僕の部屋で、僕に突拍子のない質問をして過ごしていることの方が断然多いし、別にいいんだけど、なんか気になるからやっぱり全然よくない。
「二人とも仲いいよね」
 ちょっとだけ、二人に踏み込んでみた。
「だって心身ともに健康な年上の女性だぜ?外のこと色々訊きたくなるだろ」
 海斗の言い分はわかるけど、なんだろうこの感じ。自分じゃ怖くて訊けないことを平然と訊ける海斗に圧倒されて、何も言い返せない。
「可憐さんってモテたでしょ?」
「モテてたのかな?恋人いたことないしわかんない」
「告白されたことは?」
「それは、まぁ何回かはあるけど、私って希死念慮者だから誰かと付き合うなんて考えられないし」
 僕の気楽に訊けないことを簡単に訊きだしている海斗にやっぱりイラッとする。
「もったいねぇ!」
 海斗のリアクションもなんかムカつく。
「カレンさんカレンさん、俺と順平だったらどっちが好み?」
 おいおいおい。勘弁してくれよ。
「あ、それは順平」
 あ、それは僕なんだ。
「うっわ、マジかー。ショックぅ。なんで順平?顔?性格?フェチとかあるんですか?」
 確かに。気になる。僕と海斗、僕みたいに草しか食べないで育ったみたいな体型の僕と、もともとクウォーターで体格の良い海斗。
それから性格も全然違う。野心家で天才肌の楽天家の海斗と違って、僕は生き残った後まだ何がしたいか見つからないで漠然と生きたいって想いに執着している。願い事って言っても家族で穏やかに過ごしてみたいってことくらいだ。僕にとってはそれが大事なことで、それ以上に望むものも今はない。僕は何事も穏便に済ませたいタイプだし、比べるまでもないだろうに。なんで僕?
「順平は……守ってあげたいような、守ってあげなきゃいけないような、感じ?それと、私のことも守ってくれそうな感じがするような感じ。簡単に言うと、勘かな。もしもお互い健康な状態で出会ってても、一緒にいることが自然だった気がするの。でも、強いて言うなら……」
 可憐は本気で悩んでいる感じだった。僕ら二人を見比べているようにも見えるけど、視線はもっと遠くを見つめて長考している。
「うん。やっぱり勘だ。海斗くんとの方が話盛り上がるし、楽しいけど、好みの男性って訊かれたら、順平な感じ!」
「なんすかそれぇ!順平のこと好きなんですか?」
 ドキッとするのと同時にヒヤッとして、背中から汗が噴き出た。
「好き?恋愛感情的な意味で?」
「もちろん!順平のことカレシにしたいとか思ったことあります?」
聞きたくないのに、この会話を止められない。僕も知りたいんだ。彼女のことなら何でも。
「私、好きな人いるから、恋愛対象にはなってないかな」
「え、好きな人いるのに、なんでココにいるんッスか?」
「好きな人より自分のことの方が好きだからかな?」
「ってか誰なんですか」
「クソ爺ぃ」
「は?え?順平知ってた?」
「うん。クソジジぃだって言うのはきいたことあるよ」
 可憐は、そのクソジジぃのことを思い出したのか、フフフと機嫌良く笑って部屋に戻って増えていくクローゼットの中のワンピースを端から端まで撫でてはクローゼットを閉めたり開けたりしていた。
 それは可憐の数少ない日課で、なんの意味があるのか僕にはわからなかったけど、もしかしたら、彼女にとっては意味なんかないのかもしれない。
「カレンさんってやっぱり面白い」
「変わった人だよ」
「だから変わってるのは順平の方だって」
「海斗のさじ加減も変わってる」
 可憐は変わっているって思ってたけど、本当に海斗の言うように面白い人なのか?
「なぁ海斗、なんで僕のこと変わってるって思うの?」
「俺と仲良くなれたからじゃん?」
 他人事みたいに言いやがって。
「変なの」
「ま、俺変わり者扱いされるの慣れてるし。普通とか言われると逆にムカつくね」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ。さて、カレンさん部屋入っちゃったし俺も仮想空間ゲームのプログラミングの続きしよっと。じゃあ、まだな」
「うん」
 僕は海斗が羨ましい。
海斗は世界的に有名なゲーム会社の御曹司。英才教育以前に潜在的に才能を持っていて、仮想空間っていう三次元の世界を創りだせる。弱っているのは心臓一つだけ。余命もきっと僕より残っているんだろう。海斗は仮想の世界でもいいから、健康になって小さな発作や死ぬ恐怖から解放されたい。前にそう言っていた。世界中のゲームファンから愛されているから、死にたくないってのが口癖なのもわかるけど、だからこそ僕は、生きたいと死にたくないの違いについて考えさせられる。
僕と海斗の違いってなんだろう。