【世界と向き合ってみよう】

 その時が来た。
 受付の横にあった重そうなこの施設唯一の出入り口の扉の前に、僕は海斗と立っていた。
「外に出たら、順平は何がしたい?」
「わかんない」
「お前は本当に、欲とかないわけ?」
「ううん。生きたいって欲でいっぱいだよ」
「それじゃ今までと変わらないじゃん」
「そうかな?全然違うよ。わからないことたくさん知って、いろんなこと考えながら生きていくつもりだよ」
「なんだよ。本当はやりたいこととかいっぱいあるんじゃん」
「そうなのかな?なんか自分のことだけど自分の未来が想像つかないよ」
 海斗は僕の手を握りしめて真っすぐ、唯一のこの施設の出口を見つめていた。
「順平。想像力は人間の欲望で出来てるんだ。生きる以外に欲が見つからないなら、なんでもいいから想像しろ」
「何を?」
「なんだっていい。叶わない夢だっていい。想像しなきゃ何もはじまらないことがいっぱいあるんだよ。俺さ、順平に初めて会った時からお前は病人って感じがしなかった。一人でも平気って顔してて本当は羨ましかったんだ。俺は一人が苦手だから」
「僕は、海斗が羨ましかったよ。いつも誰かと一緒にいて明るくて真っ直ぐで、裏表のないイイ奴だって思ってた」
「まあ俺、滅茶苦茶裏と表あるけどな」
「自分で言うなよ。あの夜は本当に未遂で済んでよかった」
「順平は未遂じゃなかったくせに」
「……ごめん」
「謝るな。惨めになる」
「海斗。絶対死ぬなよ」
「死んでたまるか」
「なあ、最後に僕の心臓の音聴いてくれない?」
「おう」
 海斗は膝を曲げ、僕の胸に耳を押し付けた。
「順平の音じゃない。カレンさんの音だ」
「……ならよかった」
 僕は重たそうな扉を受け付けの人にあけてもらった。初めて見たけど、白くて長い廊下が続いていた。こんな風になっていたんだと初めて知った。
「海斗。待ってるからな」
「おう」
 僕は、海斗のオデコに自分のオデコを押しあてた。
「大丈夫」
 根拠なんてどこにもないのに、僕が可憐と出会ってルームシェアをする間会えなくなる母さんに言ったように、可憐が危篤状態の僕に言ったみたいに力強く「大丈夫」と二回言った。
 海斗は何も言わずに笑いながら頷いた。僕の親友の笑顔は元気いっぱいだった。僕を強くしてくれる最強の笑顔。
「別れの挨拶はこれで終わりだ。次会った時は再会の挨拶をしよう」
「じゃあさ、男同士らしく拳を突き合わすってどう?アレかっこいいよなぁ」
「そうだね。親友っぽい」
「俺たち親友だろ」
 枕があったら投げつけてやりたかった。
「今言わないでよ。泣いちゃうだろ」
「順平の泣き顔は見飽きた。平然装ってすましてる顔も。もっと馬鹿みたいに笑えよ。でも、俺みたいに無理して笑うなよ。元気ぶった小芝居もするな。お前らしくなんていうか……穏やか?いや、優しく笑ってろ」
 僕は笑った。どんな風に笑ってるかはわからない。でも、海斗が僕を笑顔にしてくれた。
「うん」
 振り返らずに僕は長い廊下を一人で進んだ。ああ、なんか違う。僕は一人じゃない。楽しい思い出も辛い思い出も全部、これからは一人で抱え込むことも出来ない。
「可憐、外に出るよ」
 社会に馴染めないなら、馴染む必要なんかない。
 自分の居場所をいつだって探し続ければいい。