【地獄に落ちて】
受付に僕宛の荷物が届いたと、部屋に付いている内線から連絡が着た。エレベーターで受け付けのある階まで一人降りている間、可憐と初めて会った時のことを思い出していた。
裸足で息を少し切らしながらエレベーターに乗り込んできた可憐は、僕の部屋で一人、僕を待っている間どんな気持ちだったんだろう。今の僕みたいに少し浮足立っていたのかもしれない。僕と可憐は望んでいるものは真逆で、それまで僕は半ば諦めていた自分の命に、可憐が現れた時は最後のチャンスだって思っていたけど、今は違う。
今日中に可憐を説得して、生きることを選んでもらうんだ。
受付で荷物を受け取っている間、奥の事務所も覗き込んだけど、いつもと変わらないただの事務所だ。昨日可憐とセックスをしたことは誰にも気が付かれていなかったみたいだ。
でも、廊下で海斗にすれ違った時に「ヤったのか?」と訊かれて僕は「うん」と答えた。
海斗には、嘘をつきたくない。海斗だけには、本当のことを知っていてほしい。
例え、海斗が誰かに話して噂になったり、医者の耳に入って僕らの移植手術が無くなったってかまわない。その方が嬉しいなんて思う僕は贅沢な馬鹿だ。でも可憐は僕のことを好きとは言えないけど、大好きと言ってくれた。
だからきっと上手く行く。漠然とした確信でも、僕にとっては充分すぎる保証を可憐が言葉にしてくれた。この嬉しさを抱えながら、自分の残りの運命を過ごしたい。
可憐も初めはただ死にたいだけでココに来たのかもしれないけど、可憐がココにきて僕をそういう風に想ってくれたのなら提供を辞退してほしいって説得できるかもしれない。
届いた荷物はネットで注文した空みたいな青のパーティードレスと、雲みたいに真っ白で、かかとの低いパンプス。それと透き通った昼間の月みたいな白いレースのスカーフ。
毎日、可憐には可憐のお母さんから青系のワンピースが届くから、着てくれるかわからないけど、きっと可憐に似合う。お小遣いを貯めておいてよかった。
天気もいいし可憐を誘って中庭にまた連れだそうか、そうしたらピアノを弾いてくれるだろうか。それとも、部屋で昨日の夜みたいにもっと可憐のことを可憐の口から語ってもらえないだろうか。
こんな体に生まれていつもイライラさせられて悲しまされて、怒り狂ったこともあった人生だったけど、生まれてきてよかったと、こんな風に純粋に思える日が生きている間に何回あっただろう。
部屋に戻ると可憐はまたベランダにいた。
「あ、順平おかえり。ねえ、順平の好きな昼間の月が見えるよ、左の方、遠いいけど見える?」
「ほんとだ。綺麗な色だね」
「順平の一番好きな色、私も好きになった。透けた白の先に見える水色が好き」
ああ、夢の中にいるみたいに幸せだ。ずっとこのまま一緒にいたい。いつか終わりが来るとしても。
「あと、順平がいなかった間にまた内線が鳴ってたよ?私出なかったからかけなおしてみれば?」
可憐の短くて真っ白な髪が、眺めた昼間の月みたいに綺麗だった。
一生に一度の特別な思い出の夜の次の日だって言うのに、彼女は僕みたいにドキドキしたりしてないのかな。
「ってか順平、その荷物何?」
「ああ、これ?気に入ってもらえるかわからないけど、可憐にプレゼントしたくて少し前に注文してたんだ」
「私にプレゼント?」
「うん」
可憐が不思議そうにしながらも、僕から受け取ろうとした瞬間だった。
内線の音が部屋に響く。
「ちょっと待って」
僕が内線に出ると、受付からだった。
………………僕が一番知りたくないことが、淡々と事務員から語られてくる。
きっと僕には提供者なんて現れない。そんな風に思っていた時の記憶がどんどん蘇ってくる。なんでだよ。なんで今なんだよ。僕は今すぐにこの内線を切ってしまいたいのに、それが出来ないくらいには、まだどこかに生に執着があった。でも、僕の表情を見ている可憐の視線で僕は確信してしまっていた。きっと察しのいい彼女にはもう、伝わってしまっただろう。
多分大して時間はかかってなかったと思う。それでも僕にとっては長くてたまらなかった内線を切った瞬間だった。
「手術の日でも決まった?」
ほら、やっぱり可憐は察しがいい。
「うん。今日を入れて五日後の午後からだって」
「じゃあ、これでお互い安心だね」
彼女は本当に嬉しそうな笑顔をしていた。僕渡した箱を抱きしめている可憐へのプレゼントよりもずっと嬉しそうだ。これが可憐の喜ぶ本当のプレゼントなんだ。
僕のこの敗北感は一体どこから来ているんだろう。
ただの事務的だった内線が地獄からの速達みたいだった。それを知らなかったことには出来ないだろうか。
無理だとわかっていても、存在しないのに確かにあるその速達をビリビリに破り捨ててしまいたいくらい、僕はどうしたらいいのかわからなくて、ただ不安に負けて勝手に可憐を抱きしめていた。
ベランダからの風が前よりも暖かい。
もうすぐ僕に夏が来る。可憐には二度とやってこない最後の夏が来てしまうのだろうか。
受付に僕宛の荷物が届いたと、部屋に付いている内線から連絡が着た。エレベーターで受け付けのある階まで一人降りている間、可憐と初めて会った時のことを思い出していた。
裸足で息を少し切らしながらエレベーターに乗り込んできた可憐は、僕の部屋で一人、僕を待っている間どんな気持ちだったんだろう。今の僕みたいに少し浮足立っていたのかもしれない。僕と可憐は望んでいるものは真逆で、それまで僕は半ば諦めていた自分の命に、可憐が現れた時は最後のチャンスだって思っていたけど、今は違う。
今日中に可憐を説得して、生きることを選んでもらうんだ。
受付で荷物を受け取っている間、奥の事務所も覗き込んだけど、いつもと変わらないただの事務所だ。昨日可憐とセックスをしたことは誰にも気が付かれていなかったみたいだ。
でも、廊下で海斗にすれ違った時に「ヤったのか?」と訊かれて僕は「うん」と答えた。
海斗には、嘘をつきたくない。海斗だけには、本当のことを知っていてほしい。
例え、海斗が誰かに話して噂になったり、医者の耳に入って僕らの移植手術が無くなったってかまわない。その方が嬉しいなんて思う僕は贅沢な馬鹿だ。でも可憐は僕のことを好きとは言えないけど、大好きと言ってくれた。
だからきっと上手く行く。漠然とした確信でも、僕にとっては充分すぎる保証を可憐が言葉にしてくれた。この嬉しさを抱えながら、自分の残りの運命を過ごしたい。
可憐も初めはただ死にたいだけでココに来たのかもしれないけど、可憐がココにきて僕をそういう風に想ってくれたのなら提供を辞退してほしいって説得できるかもしれない。
届いた荷物はネットで注文した空みたいな青のパーティードレスと、雲みたいに真っ白で、かかとの低いパンプス。それと透き通った昼間の月みたいな白いレースのスカーフ。
毎日、可憐には可憐のお母さんから青系のワンピースが届くから、着てくれるかわからないけど、きっと可憐に似合う。お小遣いを貯めておいてよかった。
天気もいいし可憐を誘って中庭にまた連れだそうか、そうしたらピアノを弾いてくれるだろうか。それとも、部屋で昨日の夜みたいにもっと可憐のことを可憐の口から語ってもらえないだろうか。
こんな体に生まれていつもイライラさせられて悲しまされて、怒り狂ったこともあった人生だったけど、生まれてきてよかったと、こんな風に純粋に思える日が生きている間に何回あっただろう。
部屋に戻ると可憐はまたベランダにいた。
「あ、順平おかえり。ねえ、順平の好きな昼間の月が見えるよ、左の方、遠いいけど見える?」
「ほんとだ。綺麗な色だね」
「順平の一番好きな色、私も好きになった。透けた白の先に見える水色が好き」
ああ、夢の中にいるみたいに幸せだ。ずっとこのまま一緒にいたい。いつか終わりが来るとしても。
「あと、順平がいなかった間にまた内線が鳴ってたよ?私出なかったからかけなおしてみれば?」
可憐の短くて真っ白な髪が、眺めた昼間の月みたいに綺麗だった。
一生に一度の特別な思い出の夜の次の日だって言うのに、彼女は僕みたいにドキドキしたりしてないのかな。
「ってか順平、その荷物何?」
「ああ、これ?気に入ってもらえるかわからないけど、可憐にプレゼントしたくて少し前に注文してたんだ」
「私にプレゼント?」
「うん」
可憐が不思議そうにしながらも、僕から受け取ろうとした瞬間だった。
内線の音が部屋に響く。
「ちょっと待って」
僕が内線に出ると、受付からだった。
………………僕が一番知りたくないことが、淡々と事務員から語られてくる。
きっと僕には提供者なんて現れない。そんな風に思っていた時の記憶がどんどん蘇ってくる。なんでだよ。なんで今なんだよ。僕は今すぐにこの内線を切ってしまいたいのに、それが出来ないくらいには、まだどこかに生に執着があった。でも、僕の表情を見ている可憐の視線で僕は確信してしまっていた。きっと察しのいい彼女にはもう、伝わってしまっただろう。
多分大して時間はかかってなかったと思う。それでも僕にとっては長くてたまらなかった内線を切った瞬間だった。
「手術の日でも決まった?」
ほら、やっぱり可憐は察しがいい。
「うん。今日を入れて五日後の午後からだって」
「じゃあ、これでお互い安心だね」
彼女は本当に嬉しそうな笑顔をしていた。僕渡した箱を抱きしめている可憐へのプレゼントよりもずっと嬉しそうだ。これが可憐の喜ぶ本当のプレゼントなんだ。
僕のこの敗北感は一体どこから来ているんだろう。
ただの事務的だった内線が地獄からの速達みたいだった。それを知らなかったことには出来ないだろうか。
無理だとわかっていても、存在しないのに確かにあるその速達をビリビリに破り捨ててしまいたいくらい、僕はどうしたらいいのかわからなくて、ただ不安に負けて勝手に可憐を抱きしめていた。
ベランダからの風が前よりも暖かい。
もうすぐ僕に夏が来る。可憐には二度とやってこない最後の夏が来てしまうのだろうか。