【ルール違反】

 たった十歩もない海斗の部屋まで海斗と手を繋いで帰った。僕が海斗にとっては初めての友達だったのはとても嬉しい。海斗はベッドにゆっくりと忍び込むように入り、掛け布団ごと丸くなった。
「なあ順平、お前本当に可憐さんとヤるの?」
 不安そうな声。どこの子供だってくらい拗ねているようにも見えるけど、僕のことを心配してくれているのが伝わってくる。
「お前がココで待ってた時間が無駄になるかも知れないんだぞ。」
「さっきまで素っ裸で可憐を襲おうとしてた奴の言うセリフか?」
「いいんだよ俺は。どうせ適合者が見つかったって、さっきお前が言ってた2%を埋められる自信なんかないし。この先適合者が現れたって俺にはきっと無理だ。前みたいに上手く行かないで逃げられるのがオチだ」
 泣いてはいなさそうだったけど、また泣きだしそうなザラザラの声。
「僕は確かに十年もココで適合者が来るのを待ってたよ。けど、無駄な時間だったとは思ってないよ」
 可憐とこれから大きな秘密を作ろうとしていることを海斗だけが知っている。それが他の誰でもなく海斗でよかったなぁと思うのは海斗が僕の大切な存在だからだ。
「始めは腎臓、その後に肝臓、それから小腸とか大腸とか胃とか、もうどこもかしこも、僕の内臓はどんどん僕の年齢より年寄りになった。だからもう心のどこかで諦めてたんだ。だからかな。生きてることそのものが不思議に思えて来て、僕は何のために生まれてきたのかとか考えるようになってた。ただ死ぬのが怖い臆病者なだけで、生きる資格がなかったのかも知れないな、とか。そんなことを考えてた大馬鹿野郎だった。でも、可憐が来たんだ」
 海斗だから話せる。僕にとって海斗はもう友達じゃない。親友でもない。戦友だ。親に言ってないことまで友達に話すのは始めてだ。凄く、嬉しい。
「海斗みたいに僕には何か取柄や才能があるわけじゃないけど、僕は、生まれてきた意味を知るために生きていきたい。でも、可憐の命をもらいたくない。誰の命もいらない。可憐を説得してみるよ」
「説得?」
「提供を辞退してもらう」
 海斗が僕を見ているんだろうなってなんとなくわかったけど、僕は海斗を見なかった。男同士だ。目を合わせない方が伝わりやすいことだってある。
「だから、可憐と今しかできないことヤるよ」
「本当にいいのか。俺、他の人とか医者にバラしちまうかもしれないぜ?」
「海斗がそうしたいなら仕方がない。僕もこれからは海斗みたいに言いたいことちゃんと言っていかないとダメだってわかったから、僕はその時その時が運命だったんだって思うことにするよ。でも、海斗、これだけはわかっててよ。どんな結果になっても、僕は海斗と対等でいたい。才能とか関係なく同じ人間なんだから」
 しばらくしても、海斗は何も言わなかった。
「なあ、海斗」
布団を少し剥いて海斗の顔を覗き込むとニヤニヤしながら寝息を立てていた。
 やっぱり大物は違うな。そんなことを思いながら、海斗の部屋の電気を消した途端「カレンさんがなんで死にたいか、順平は知ってるのか?」と、海斗の低い声に驚いて振り返った。
 起きてんじゃねーか。
「知らない。過去っていうか思い出話とかも話してくれるけど、本当の理由は教えてくれない。訊くのも怖いけど、海斗は訊いたの?」
「訊いた。多分近いうち、お前に自分から言うだろうし、もしかしたらもう気がついてないだけで、言われたことあるかもしれないな」
「どういうこと?」
「順平、俺とお前もカレンさんも対等にはなれないと思う。同じ人間って肩書だけだったら対等かもしれないけど、人間は平等じゃない」
「そうなのかな」
「ああ。順平。あと、頼む部屋の明かり消さないでくれ。言ったことなかったけど、俺、暗い所で寝れないんだ。音楽とかテレビとか音がないところって嫌いなんだ」
 知らなかった。僕はすぐに電気をつけた。
「音がなくて暗いところで寝たら独りぼっちで死んじゃうみたいで嫌なんだ」
 可憐がパジャマじゃなくて、毎日よそ行き用みたいな恰好で寝るのと似ている。でも、僕にはそういうジンクスみたいな考えは何もない。ただ怖いって思いながら寝るだけだ。
「今夜は特に音量あげてヘッドフォンして寝てやるから、安心してカレンさんと寝ろよ」
「海斗、ごめん」
「違うだろ。ありがとうって言ってけ」
「うん。……ありがとう」
僕は僕の部屋に戻った。
さっきよりも月が高くなって部屋がさっきよりも少し明るくなった。僕は、ベランダの鍵を閉めて、カーテンをした。
 緊張しているのに、妙に落ち着いてもいた。誰かにバレて、ココを追い出されて、新しい適合者が見つからないまま死ぬならいっそなんて考えがある。ヤケクソだ。
けど、そうは思っていても、白いパンツを振りながらスルことを持ちかけてきたのは可憐だ。望んでくれているなら。応えたい。今までなかったけど今の僕には、ルール―違反を犯す覚悟も彼女と一線超える覚悟も出来ている。
僕は、無言のまま可憐の凛とした目を見つめながら言われたとおりに、彼女の服を脱がした。けど、すぐに彼女はシーツ一枚を肌に纏ってしまって、まるで人魚姫が浜辺に流れ着いた布で体をとりあえず隠しているような姿になった。
 髪の毛を染めた時は平気で全裸になったのに、なんだこの色気は。
「順平、コンドーム持ってるの?」
「うん。一年くらい前に、死んだ先輩からもらった」
「一年前のか、破けたりしないかな?」
「破けてもいいよ」
「妊娠しちゃったらどうするの?」
「少なくとも僕はココを追い出されるね」
「順平はそれでいいの?さっきは生きることについて熱く語ってたのに」
 可憐は心配しているようで全然していない感じで言った。きっと気がついてるんだ。僕が可憐に提供を辞退させようとしていることに。
「もしもさ、妊娠したとして、私に子供が産まれたら、その子はどうなるんだろう」
「育ててよ」
 いい加減なことを言った。僕はきっとその子のために何かしてあげられるほど、長生きも出来ない。僕が父親になる時は、少なくともココを健康な状態で出て行った後の話だ。だけど、それすらもう無理かもしれない。
「簡単に言うけど、私は家族の所に戻る気もないし、母親一人で子供を育てっていく覚悟が私にあると思う?」
「可憐なら大丈夫じゃないかな。僕は心配してないけど、怖い?」
 普段と立場が逆だ。可憐よりも僕の方が挑戦的で、少し攻撃的だ。
「ルール違反がバレたら、ココにはいられなくなっちゃうんだよ。何のために順平は私みたいな提供者が来るのをずっと待ってたの?」
「ねえ可憐、怖い?怖かったら言って。そうしたら僕は辞めるよ。だけど、もし可憐が僕でいいって言ってくれるなら、可憐が欲しい全部欲しい」
 僕は本気だった。
「本気なんだね」
 可憐は僕の気持ちを考えた言葉のまま汲み取ってくれた。本当に彼女は凄い人だ。
「うん」
 僕は彼女をジッと見つめた。いつもだったら可憐の視線に逃げてしまうのに、今はもう、可憐のことで頭がいっぱいだった。
「僕、当たり前だけど童貞なんだ。それでもいい?」
 可憐は挑戦的に笑うと「いいよ」と、それだけ言って僕にキスをした。
 長いとか短いとか深いとか浅いとか全然わからないキスだった。だけど、僕の人生初のキスだった。
 それから何度も何度も小さなキスを繰り返して、可憐は僕を何度も何度も見つめてくれた。可憐は笑ったり冷やかしたりしないで、ナチュラルに僕を眺めてくれる。今までで一番彼女が大人に見えた。当たり前か、僕より歳上なんだから。
「さっき海斗君が私に無理やりキスしてきそうになって、私反射的にひっぱたいちゃったんだ。でも、海斗君怯まなくて、心臓を下さいってお願いされた。けど、私、心臓だけになっても海斗君の中で過ごすのは無理だなって思った。強引なことをされたからじゃないの。ただ、順平との方か死んだ先でイイことが起こるような気がしたの」
 それは僕に提供するメリットが彼女の中に存在するってことなのか?そもそも彼女は希死念慮者だから、もちろん死ぬこと自体が目的なんだろうけど、海斗より僕の方がいいことがありそうって、それさえも勘なのか?今までだったら訊かなかったけど、もう、いいだろう。可憐のことだったら知りたくないことだったとしても、なんだって知っておきたい。全部を受け入れたい。
「僕の方が死んだ後いいことがありそうって具体的に何かあるの?」
「勘」
 やっぱり勘か。なんとなく想像はつくけど可憐は他人よりも直感で物事を決めながら生きてきたんだろう。だから彼女はその勘が外れようと当たろうと、どっちでもいいと思っていて結果を受け入れる体制がいつも整ってるような覚悟を感じる。それが原因で死ぬことにも抵抗がないのかもしれない。
「可憐は自分が死んだあと天国とか地獄に行くと思う?」
「まだ生きてるからわかんないとけど、天国とか地獄があっても順平に教えてあげられないし、考えても仕方がないから、死んだ後は、きっと生まれてくる前と一緒だと思う」
「死ぬの、お婆ちゃんになってからじゃダメなの?本物の白髪が生えて来てからじゃダメなの?」
「うん。だめ、ってか嫌」
「早く死んで後悔したりなんかしない?」
「しない」
「この先、楽しいことがいっぱいあっても?」
「うん。死ぬからいいの。誰かのために死んでみたいってそんなカッコイイことは一切思ってないの。私は自分勝手に死にたい。だけど、私の中身を欲しいって言う人もいるから、使ってもらいたいなって思ってる。こんな風にでも順平に出会たし、その辺はこの法に感謝してるの」
「僕も、生まれつき人工内臓だけじゃ自分が生きていけないって体質で年々悪化してきてるのもわかるから、この法に初めは感謝してたけど、今はそうでもないかも」
 僕は生きたくてココに入っただけど、本当に最近病状はどんどん悪化してきているのがわかる。今日の検査の後の食事が御粥に代わってたのだってそうだ。本当に先は短いんだろう。最後の日が一体いつなのかもわからい。命は平等じゃない。
「ねぇ、さっき順平は特別な思い出を頂戴って言ったけど、私にもくれる?」
 やっぱり彼女は可憐だ。美しく儚い。守ってあげたい。可愛いとか美人とは違う。ただ破天荒な感じが実は凄く可愛くて、自分の心に偽りのないその潔さが美しい。彼女の存在が愛しい。けど、哀れなほど彼女は純粋で、今は僕の提供者だ。僕に残りの命を託す相手としてココに来た。
 でも、そっと元の世界に戻してあげたい。自分自身を大切にしてほしい。
「二人で創ろう。特別な一生忘れない思い出」
 童貞とか処女とか関係なかった。
お互いが初めてのことを出来るだけ楽しんだ。徐々に可憐が快楽に染まっていくのが嬉しくて、弾けるようなその声を、もっと聴きたいのに、誰かにバレたら困るとかそれ以上に誰かに聴かせるのがもったいないとせこい考えを持ちながら、唇を唇で塞いでは、呼吸を開放し、胸先に歯を少し当てるように吸ったけど、何も出てこなかった。そんなの当たり前なんだけど、吸い付くのも止められない。可憐からもらうことしか考えてなかった自分がまさか彼女とこんな日が来るなんて想像もしていなかった。いや、実は何度か妄想したこともあった。生身の健康な女性とルームシェアなんて男の夢だけど、それ以上に、僕は可憐に特別なものを抱いていたんだ。
 コトが終わると、二人でしばらく抱きしめ合った。死への不安が消えるほどの安心をこの施設の中で完全に消えたのは初めてだった。
可憐はおもむろにコンドームを僕から引きはがした。そして風船を膨らますように、息を吹き込んで「よかったね。破けてない。」と言った。
「そうやって調べるものなの?」
「わかんない」
 セックスはスポーツなんてよく例えたもんだ。僕は疲れていて息も整えられない。
 でも、可憐の行動が面白くて可憐らしいなと、二つの意味で安心させられた。
 気まずくなったりしないで、いつもの僕らだ。
「可憐、僕はあなたのことが好きです」
「知ってるって。じゃなきゃ私だってセックスしなかったよ」
 彼女はコンドームの中身を洗面台から水と一緒に流してた。なんか、虚しい。
「そうだよね。可憐が気がついてないわけないよね。僕なんかよりもずっと察しがいい。だから僕は、わからないんだ」
「何が?」
「可憐は僕のこと好き?」
 今度は好きだと即答してくれなかった。
 残ったコンドームをタオルで拭きとり、コンドームが入っていた小さな四角い袋に戻すと、コレどうしようかな?って顔でソレを見つめていた。
「私、出会った日から毎晩私が寝る寸前に、順平がこっそり「おやすみ、かれん」って言ってくれてたのが嬉しくて、そういうところ良いなって思ってた」
 僕は、はぐらかされているんだろうか。
「だから、おはようは毎日先に言いたかったの」
「うん」
「一緒にいて楽しい。楽って書いて楽しいって本気で思ってたよ。」
「うん」
「だけどね。私、まだ諦めてないから」
「何を?」
 可憐はクローゼットからハサミを取り出すと細かく使用済みのコンドームと袋を切り始めた。そしてトイレのドアを開けたと思ったら、ソレをトイレに流した音がした。
「私は絶対、順平の提供者になる」
それは、自分が希死念慮者だって言いたいだけで、僕のことが好きなわけじゃないんだろうか。可憐の短くて僕が染めた白い髪の根本の黒い部分の長さを目視した。
 個人差はあるけど髪の毛は一ヶ月で約一センチ伸びる。可憐の髪を染めてからあっという間に日が経ったことになる。毎日一緒に過ごしても人の心は簡単には動かせないんだと、痛感させられる。
「ありがとう」
 なんとか、可憐のくれた答えにお礼を言えだけど、ああ、これが失恋?セックスしたのに?いや、セックスしたなら彼女は恋人?違う。多分セックスフレンドってやつだ。いやそれとも違う、今夜一回きりの特別な思い出ってやつで、僕は彼女の恋愛の対象ではなくて、彼女にとって僕はやっぱり提供の対象でしかなくて、本当は都合のいい相手で、僕は可憐に愛される資格を持ってなくて、さっき海斗に言ったみたいにもっと、苦しい思いを重ねていくべきで、えっと、だから、僕は、結局、可憐とは、提供者同士以上の関係にはなれなくて、それで、今、僕は、悲しくて、泣きたいなって思っていて、服をとにかく着よう、それで誰にも見つからない場所に行って泣こう、えっと、この施設の中で、一人になれる場所は……――――。
「順平、そんなに混乱しなくていいよ。あともう、涙落ちてる」
 だって……と、子供みたいに言い訳したくなってしまった。僕は今、目に前にいる好きな人と提供者以上の関係になれないのに、体を重ねたんだ。悔しくも思うけど、可憐を責める気にもなれない。いや、責める資格なんかない。
 可憐は僕なんかよりもずっと強い意志を持っていて健康で、僕には彼女を、そのままの彼女の身を持って守ってあげられるようなことは出来ない。そんなこと今更過ぎて、申し訳なくて、どうしたらいいのかわからない。
 どんな顔をしているかわからないけど、泣いている僕を、さっき海斗が僕を抱き寄せて心臓の音を聞かせてくれたみたいに、可憐も、僕の頭を引き寄せて僕の左耳をその胸に強く押し当ててきた。
 海斗の心臓の音とは違う一定のリズム。力強くて生命力があって、かっこいい。
「私の心臓の音聞こえる?」
「うん」
「順平の音になるんだよ」
 僕の音に、なったら正直嬉しいけど、素直に喜べなくなっていた。今は可憐から提供をしてもらいたいなんて思えない。だけど、
「気に入ってくれた?」
 上目遣いで僕を見つめる彼女は、可愛いと美人の間の表情をしていて、たまらなく好きな表情をしていた。
「うん。好きだよ」
「よかった。順平の心臓の音も聞かせて」
 彼女はベッドの上で僕を転がし、僕を包み込むように抱きしめると僕の胸に耳を押し当ててきた。その時、何故か僕の両手も手も握りしめてきた。
「綺麗な音」
「本当?」
「とっても綺麗。不規則だけど楽しそうなリズム。ただ凄く大きな音でドキドキしてる」
 それは可憐にドキドキしているんだけど通じないか。
「でも、なんだか少しドキドキが早い感じがする。小動物みたい」
 本当。その通りだと思う。小動物は心臓が早く動くから寿命が短いんだ。僕と一緒。
「ねえ可憐、僕、童貞捨てられるなんて思ってもみなかった。一つ生きることへの悔いが減った感じがする」
「順平の捨てた童貞は私が拾ったんだ。じゃあ、私の捨てた処女も順平が拾ってくれたんだね」
「うん。大切にする」
 例え形には残らなくても、大切にできるものがあるならなんだってかまわない。
「私も大切にする。だけど順平、次に誰かとセックスするときも、もっともっとその人を大切にしてあげてね」
 僕はわかったと言わない代わりに、彼女に誓のキスを捧げた。僕の人生最初で最後の行為にすると可憐に言わなかった。
「順平はさっき海斗君に言ったみたいに、自分を守って。それが私を守ることにつながるから。順平からそれきいた時、私、凄く嬉しかったから。順平にとって私は部品じゃないんだって知れて嬉しかったから。好きって言えないけど、私、順平が大好きだよ」
「え」
「さあ、ほら、服着て。明日は二人で海斗君のところに行こう。私も海斗君が作った宇宙のゲームしてみたいし」
 ん?あれ?
「ちょっと待って、なんで今回海斗が作ったゲームが宇宙モチーフだって可憐が知ってるの?」
 っていうよりも、今大好きって言った?
可憐は傍に落ちていた自分のワンピースを着て、床に落ちていたパンツを拾って履きながら、全部知ってたみたいな口調で僕に語りだした。
「実は先週、海斗君に先に誘われてたんだ。たまには順平抜きでゲームしようって。その時なんとなく分かってたんだ、海斗君の企みに。私に何か言いたいことがあるけど、順平には知られたくない心臓提供のことなんだろうなって」
 は?
「ちょっと待ってよ。じゃあ、海斗と心臓が適合するって可憐は本当に初めから知ってたの?」
「……知ってた」
「カルテを盗んだのも本当?僕に体格を合わせて来たって言ってたのに。どうして」
「うん。適合者待機施設にいた時、実はカルテを順平と海斗君の二人分盗んでたの。海斗君にも私の心臓は適合するって書いてあったけど、それだけだったの」
「それだけって?」
「私は部品じゃないってさっき、順平言ってくれたでしょ?だから海斗君に心臓をあげても、他の内臓は全部が運よく順平に提供されても心臓だけが欲しい人より、もっと私をいっぱいあげあられる順平がよかった」
 そんな理由で?それじゃ海斗の言っていたみたいに医者たちの目論見と同じじゃないか。
「でも、それだけじゃないよ。盗んだカルテに希死念慮者待機志望理由の欄に、海斗君は長々と自分の夢や世界中の人に貢献でいる才能のことが書いてあったけど、順平のは凄くシンプルで衝撃きだったからさ」
 そんな衝撃的なこと書いたっけ?
「ごめん。何年も前に書いたやつだから自分でも覚ええないや」
 彼女は疲れ切ってる僕に僕のパジャマを着せてくれた。ゆっくりボタンを占めながら、しかたがいなぁという感じで笑い、
「自分でも覚えてないくらい順平にはソレしかないんだね、まあ実際今の順平と変わらないよ『生きたい』ってそれだけ書いてあったの」
「それで?」
「それで充分だと思ったの。だって私の希死念慮理由欄にも『死にたい』しか書いたことなかったから。海斗君にはとても悪いことをしたのかもしれないけど、海斗君だって、患者のカルテがある資料庫に忍び込んで私と心臓が適合するって知ったって言ってし、オアイコだよね」
 全然違うような気もしたけど、何故か説得されてしまった。
 そもそも自殺を考える人は自分勝手ともいえるけど、傾向としては鬱病と一緒で実は優しい人が多い。責任感が強くて、正義感もあって、元々は真面目な人ばかりなんだとネットで読んだことがある。それ故に疲れ、心を病み、鬱病になったり統合失調症や、自立神経失調症なったりして、社会になじめなくなったりして。希死念慮厚生施設に入るとが多いと聞いた。中でも鬱病患者は希死念慮者の大半をしめ、うまいことそのままこの希死念慮者待機施設まで来ることが多いし、一番移植手術を受け、命を捨てていく人が多い。
 だから可憐は特殊な人間なんだと思う。いや、それを希死念慮者って言うのか。
「ねえ可憐、僕ね、本当は可憐のこともっと知りたいんだ。けど、ずっと知りたくないことまで知ってしまいそうで怖いって思ってて、でも、やっぱり後悔したくない。今みたいにルール違反にはなるけど、知りたい」
「そっか。まあそうだよね。ずっと訊いてくればいいのにって思ってたけど、訊きにくいこといっぱいあるよね。けど、あんまり喋りすぎて、かれんじゃない私まで知ったら、順平はきっと優しいから後悔とかしちゃうんじゃないかな」
「そうかもしれない。でもさっき海斗にも言ったでしょ?僕は可憐の分まで生きるんだから、可憐の過去も背負いたいんだ」
 嘘をついていた。可憐から提供してもらうつもりはもう微塵もない。
「そんな期待するようなこと言われても私には別に大層な過去があるわけじゃないよ?」
 可憐はあまり乗る気ではなさそうだったけど、僕は今晩眠れそうになくて、可憐も別に眠そうにはしていないし、わがままを言いたかった。僕は可憐に気に入ってもらえる自分でいようとか、機嫌を損ねちゃいけないとか、本当は初めて会った時から提供者を辞退されるのが怖くて、勝算があるとき以外は自分から歩み寄れていなかった。
「どんな後悔も宝物にしてみせる。僕は覚悟してる。可憐が提供辞退を手術開始一秒前に言ったってかまわない」
それが、僕の運命だ。少なくとも自分が生きたいなら可憐が決めていいことだ。
「じゃあ対等に、順平は私に訊いた質問と同じ質問に答える。それでいい?」
「うん」
 可憐は僕の服が締まってある、壁際の二人掛けのソファーに座って、背もたれに背中を預けた。僕にも座るようにポンポンと残りの椅子の座る部分を軽く叩いた。
 僕らは隣り合って座り、普段寝ている自分たちのベッドの間にあるお互いのランドセルを見ていた。
 真っ先にランドセルの中身を質問してしまいそうになったけど、辞めた。
 多分、中身は、これから訊こうとしていることが、元々いっぱい詰まってるような気がしたから。もっと他のことを知りたい。
 君を教えてほしい。全部が無理でも。教えて欲しかった。