「この人がラナかい?」
「そうです。どうかお願いします! 俺はどんな罰でも受けますから!」

 俺が深々と頭を下げると、アマトは“焼き立て屋”のスタッフに向けて声を張った。

「この女性を治す。全員治療に最善を尽くしてほしい。彼女は劇症化ぺしょぺしょから戻った稀有な存在だ。特別な抗体を持っているかも知れない。それが見つかれば、今まで作ることのできなかった特効薬が出来る! 絶対に治すぞ!」

 スタッフは声を返して良菜の治療に取り掛かった。

 アマトが振り返り俺の肩を掴んだ。

「リトワ。どうやら君はこの施設内の患者の中でも治療が必要な患者の人数を知っていたようだね。大量のコッペパンがなくなったが、ピッタリその人数分だけは確保されていた」

 俺は頷きを返す。

「君は……ぎみば」

 アマトの上ずった声に思わず視線を上げた。

「ま、まぢがわながっだ、よう、だね、うっく……!」

 ボロボロと流れる大粒の涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。それからアマトは「これで僕の恋人も助けられるかも知れない」と呟いた。


※  ※  ※  ※


 俺に下った処分は「激務」だった。
 だが同時にそれは「破格」だった。

 アマトと“焼き立て屋”を裏切った。そのうえ、自分の都合で戻って来て恋人を治療してほしいと頼み込んだ。
 そんな俺にアマトは、
「彼女の意識が戻るまで、絶対に離れず看病をしろ。寝ずに、だ。相当な激務だが、やれないとは言わせないぞ」
 そう言った。

 三日ほど寝ていないが、全然苦ではない。彼女の粉雪を被ったような寝顔が美しすぎるから。

 ——ぴくっ。

 指先が動いた。

良菜(らな)?」

 俺が呼びかけると、彼女は強く瞼を閉ざすように顔を顰《しか》め、ゆっくりと目を覚ました。

理都和(りとわ)くん」

 ハープよりもやわらかな声が、やさしく鼓膜を撫ぜた。

 ああ、ああ……!

 俺が口を開けていると、良菜はハルジオンみたいに控えめな笑顔になった。
 堪らず体を抱き寄せる。

「お帰り、良菜」

 彼女の両腕が背中に回される。

「ただいま、理都和くん」

 あの日の続きが、今日から始まる。