「葵……?」
 葵がぼんやりして両手の指のあいだから、ぽとぽとと鯉の餌を落としていると、振り向いた御蔭が首を傾げる。
 横に流した前髪から覗く、御蔭の右目。白布の眼帯に覆われていないほうの彼の瞳は、晴れの日の澄んだ空を思わせる美しい青。その目がわずかに細められるのを見ながら、葵は喉の奥から競り上がってくる名前もわからない苦しさをぐっと飲み込んだ。
「だって、わたし、もうすぐ十六になってしまうの」
 小さな声でつぶやくと、
「ああ、あと三日で誕生日ですね」
 御蔭が目を細めたまま、ゆるやかに口角を引き上げた。
 おだやかな御蔭の声には、まるで感情の乱れがない。
 龍神様と離縁してここから出て行く葵のことを、御蔭はどう思っているのだろう。
 葵が両手をぎゅっと握りしめると、鯉の餌が溢れてこぼれ、太鼓橋の床を池のほうへと転がり落ちていく。
 水面に落ちた餌に池の鯉たちが集まり、あっという間に全て飲み込んだ。