君が、私の長い髪を褒めてくれた。可愛く結んだこの髪を、ちゃんと「可愛い」と言ってくれた。ドライヤーで乾かしてくれたし、たまに結んでもくれた。

けれど今日、この髪の毛を切った。私は失恋をした。

あの人と愛し合った日々が今日、終わった。君のいたソファが今は広く感じる。洗面台に新聞を敷いて、手探りでハサミを探す。そして、二つ結びにした右側を先にバサリ。切る。手で握っていたロングヘアが、落ちていく。握っていなかった箇所からも毛が落ちる。左側も同様にする。美容師ではないから、うまく切ることができない。そこらのコンビニに一人で行けそうなくらい髪の毛を整え終え、敷いていた新聞を包めた。けれど、ちょっと新聞を広げてみる。中には過去の思い出が沢山詰まっていた。その新聞紙を捨て、私はお湯を沸かした。40度。溜まるまで時間があったので、冷蔵庫からチョコレートを取り出す。まだ、愛し合っていた頃に作った手作りのチョコ。一緒に食べよう、と思って沢山作っていたけれど一人で食べる。スマートフォンの壁紙をツーショットから風景画に変える。チョコを食べる。アルバムからも過去の写真を消した。そしてまた、チョコを食べる。ラインもブロック削除。彼から貰ったプレゼントをメルカリで出品する。そしてまた、チョコ。メルカリに登録する写真を撮っているときに、お風呂が溜まったことを伝える音が流れる。体の怠さから、チョコを冷蔵庫になおすことが億劫に感じていた。

私は着替えを持って、お風呂場に向かう。髪の毛を切った洗面台の前で服を脱ぎ、お風呂場に入る。シャワーで体を流し、真っ先に湯船に浸かった。落とし残しの髪の毛が、お湯の上に浮いてくる。指でつんつんと突っつきながら、ショートになった髪を触った。泣けなかったのに、このとき、泣いた。食べたチョコレートが、お腹の中で溶けていく感覚がする。二人でいることが幸せだと感じていた過去のせいで、今、一人という不幸せを異常に嫌ってしまう。数分で湯船から上がり、髪を洗う。そして体。全て洗い終え、また湯船に浸かった。浮いている髪の毛が、私の体に纏わりつく。切られた髪の毛は私を嫌ってるんじゃないか、長い期間寄り添ってくれた髪の毛を無残にも切ってしまった私を嫌うんじゃないかと思っていたが、纏わりついてきた髪の毛を見てまた涙を流した。一通り泣き終わり、浴槽を出て、シャワーで髪の毛を落とす。

そのまま上がり、タオルで体を拭いて着替えを着て、リビングに戻った。なおしていなかったチョコレートが少し、溶けている。私は手でチョコレートを掴み、口に放り込む。ラインをブロック削除したことや写真をアルバムから消してしまったことを、今になって後悔する。いっときの感情で動いてしまった自分を憎む。出品したばかりのプレゼントを見るために、メルカリを開く。そこには一つのハートがついていて、プレゼントが誰かのもとへ行くことを実感した。

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追記
私は、髪の毛を綺麗にしてもらうため、美容室に行こうと思っている。元カレが働いている美容室ではなく、どこか離れた美容室に一人で、なるだけ早く。