(……改めて見てみると、行き倒れていたのが不思議な人ね)

生死不明の人間を発見して気が動転していたが、落ち着くといろいろな疑問が浮かんでくる。

男性はすらりと背が高く、年の頃は二十代後半といったところだろうか。服の布地は上等に見えるし、手荒れもない。髪や肌にも艶があり、日に焼けて傷んでいる様子がない。
幼少期から栄養状態が良く、手を日常的に酷使していないとなると、裕福な生まれ育ちの人物だろう。

かんばせは涼やかで、表情が乏しいため冷たく見えるが、造形がとても整っている。街中で会ったならば、つい遠巻きにしたくなるような、どことなく圧のある美丈夫だ。

(前腕の傷といい、わけありかしらね。手当ては済んだのだし、深入りはよしましょう)

時々足元がふらつくので、さっと手を貸しつつ、二人は山を下る。

もう間もなく麓が見えてくるという時、無言だった男性が不意に問いかけてきた。

「……君は」

祓魔師のことは知らずとも、一条家は裕福な名家として知れ渡っている。名乗るとあっという間に身元が割れてしまうだろう。
こうして屋敷を抜け出していることが八重以外の侍女に知られると面倒なことになりそうだ。なるべく伏せておきたい。

「……しがない薬師です」

とりあえずそう答えるが、これでは流石に不足があるかもしれない。手当てをした以上、完治までに何かあった場合に相談できるよう、連絡手段を用意しておくのが筋だろう。

「薬が合わなかったり、追加で必要であったり、何かあれば……あの大きなお屋敷で働いている八重という者にお伝えください」

ちょうど木立を抜け、お屋敷が遠くに見えたので、指し示しておく。黒い双眸が、じぃっと李瀬を見つめた。

「その……私は店を持っていないのです。細々と薬を卸しておりまして、八重がその取り次ぎをしてくれていて」
「そうか」

それ以上深く尋ねられることはなく、李瀬は胸を撫で下ろした。

雲間から西日が射すころ、二人は麓に到着した。

「もう具合は大丈夫でしょうか?」
「ああ。手間をかけたな。もうすぐ日が暮れるから送っていこう」
「いえ、すぐですのでお気遣いなく。どうぞお大事になさってください」

送られるといろいろと面倒なことになりかねない。たとえば、侍女に見られて不貞だなんだと騒がれるとか、薬師をしていることが一条家に知られるとか。

面倒事は御免なので、李瀬は返事を聞くことなく退散するのだった。