帰宅してからリビングで母親にマフィンの紙袋を渡した。母は受け取ると、ダイニングテーブルの上で食器棚から出した大皿と小皿にマフィンを取り分けた。
「星河くん、スイーツ作り上達したわね」
母はリビングのサイドボードに置かれている仏壇にマフィンが乗った小皿をお供えしてから両手を合わせる。私はその背中を見ながら、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを食器棚から取り出したコップに注いでいく。
「お父さんが亡くなってからもう七年ね。昔から星河くんのスイーツをよく褒めてたわね」
「ホワイトデーのお返しにくれたクッキーがキッカケで手紙交換してたよね。お父さんが亡くなる直前まで」
「そうね。お父さんは息子を欲しがってたから、星河くんのことを我が子のようにかわいがってたわね。それに、こんなに上達したなんて嘘みたい。時が流れるのは本当に早いわね」
「最初はお父さんに上手く乗せられて作っていたような気もしていたけど、今じゃパティシエが夢だしね」
「まひろも負けないように早く夢を見つけなきゃね」
「わかってるよ〜。いま必死に探してる!」
――母は女手一つで一人娘の私を育ててくれた。
元々仕事はテレワークなので、片親でもさみしい想いをしたことは一度もない。父親が他界してから賑やかさは欠けてしまったけど、星河が気にかけてくれたから元気でいられる。
水を飲み干してシンクの中に置いてキッチンから離れようとすると、母はすれ違いざまに言った。
「まひろ」
「ん? なぁに?」
「お母さん、そろそろ結婚しようかなって思ってるの」
母には丸一年交際している男性がいる。相手は母より三つ年上で会社で知り合ったらしい。ちなみに私はまだ一度も会ったことがない。母は月二〜三回程度会社に出勤すると、帰りはデートで帰宅が遅くなる。今まで口にしたことはなかったけど、彼と会う日の母はキラキラしていた。だから、幸せなんだな〜って。
「相手の人って、名前は確か三条さんだったよね。前に一度写真で見せてくれたあの人だよね」
「うん……。彼はお父さんの次に素敵な人。もう、恋なんて縁がないと思っていたのに……」
「もしかして、プロポーズされたの?」
「うん。実は今日ね。返事はまひろに聞いてからにしようと思って」
「私がお母さんの結婚に反対する訳ないじゃん。……で、いつ頃入籍しようと思ってるの?」
「まだまだこれからよ。まずは返事をしないとね」
母はそう言いながら頬をピンクに染めた。
いいな。きっと彼のことが大好きなんだね。恋……、私にはまだどーゆーものかわかってないかも。人を好きになるって感情はどういうものだろう。芸能人に憧れたりする感情も恋なのかな。
私はもちろん母の結婚に賛成だ。この年で新しい父親を迎えるのは少し難しく考えてしまうところもあるけど、母親にも人生があるから幸せになって欲しい。