――十二月二十五日、午前十時。
俺は今からコンテスト会場に向かう為にケーキの材料を持って家を出た。
しかし、まひろの家の前で一旦足を止めて扉を見つめた。
コンテストが終わったら、二度と後戻りはしない。
中途半端な気持ちから卒業する。
だから、その分頑張ってくる。
俺は拳をぎゅっと握りしめてからエレベーターの方へ足を進めた。
会場の製菓専門学校に到着してから受付を済ませる。
エレベーターに乗って会場入りすると、まひろからもらったお守りを握りしめた。
やけどの痛みはまだ引かない。
でも、いまはそれを忘れるくらい緊張している。
制限時間は三時間。間に昼食の時間を挟む。
俺が参加しているのは個人部門でテーマは”クリスマスケーキ”。見た目、味、アイディアが選考基準に。参加者は十組ほどで男女比率は一対三と女子が多い。
しかし、作品は名前を伏せた状態で採点される為、審査終了までは誰の作品かわからない仕組みになっている。
審査員は有名ホテルのオーナーシェフが二人。
この業界の人なら誰でも知ってる有名人だ。だから、余計緊張感が増す。
会場の担当者の合図で材料の計量から取り掛かった。何度も書き直したレシピは先日消えてしまったけど、頭の中に叩き込んであるから大丈夫。
あとは正確に計量して丁寧に作り上げるだけ。
俺は雑念を取り払ってケーキのことだけを考えた。
他の参加者に気を取られないように、なるべく材料から目を離さぬようにした。
オーブンを使ってる時間はデコレーション作成に取り掛かる。
バイト後に二日かけて作っていたケーキは、今日は一日で完成させなければならない。
――十六時半。
空は夜を迎える準備を始めて薄暗い。
俺はパンパンになった気持ちを背負いながら専門学校の門をくぐり抜けた後、結果発表後から震え続けていた拳を天に突き上げた。
「おっ……しゃぁぁあっっっ!!!!」
優勝者の発表で俺の名前が呼ばれた時は信じられなくて一瞬返事を忘れた。
ガチガチ状態で受け取った賞状と金メダルは一生の宝物に。
優勝が嬉しくて感極まるあまり、スマホを手に取りLINEを開くと無意識にまひろの名前をタップする。
……でも、受話器マークに触れる直前に気づいた。
もう、自分で決めた期限を迎えたんだと。
俺は画面を閉じてから一度大きく深呼吸した。
バラバラになってしまったパズルを組み替えるように心を整わせながら……。
これからどんなアクシデントが訪れても、まひろを守るのは俺じゃない。
例えそれがどんなに小さな出来事だったとしても、俺が出る幕じゃない。
再びLINE画面を開いてぼたんに電話をかけた。
すると二コール目で通話が繋がる。
「コンテスト、優勝したよ」
「良かったぁ! おめでとう。お疲れ様!!」
「ありがとう……。今まで寂しい想いをさせてごめん。明日からは一緒に過ごす時間を増やすから楽しい毎日にしよう」
「うんっ……。わがままばかり言ってごめんね……」
電話の向こうの彼女は声が震えていて時より鼻をすすっていた。
――そう、これが正解だ。
まひろへの恋はここが終着点。
俺はこれからぼたんと恋を楽しむ。
今まで以上に彼女のことを考える時間を設けて、十三年の恋を塗り替えていかないと。