――翌日の閉店後。
俺は厨房の作業台で昨晩焼いたスポンジケーキに生クリームを塗った後にトッピングをしていると、同時刻にシフトに入っていた仲間の大学生が私服姿で「お先に」と言ってドアベルを鳴らして店を出ていった。土台のクリームの上に慎重な手つきでイチゴを乗せると、うーんと大きく伸びをした。
「よっしぁああ、完成!! 終わったぁぁ〜〜〜!!」
今日はシュー生地と昨日仕込んだクッキーを焼いて飾り付けをする日。本当は丸一日で仕上げたいところだけど、閉店後から作業をスタートしたりすることもあるから時間的に難しい。
後片付けを終えた叔父さんが声に気づいて厨房から出てくると、完成したばかりのケーキを眺めた。
「おぉっ! 完成度が上がってきたね」
「このケーキだけで六回作ってるからね。ひととおり写真を撮ったらまた改善点を探してみようかな」
「勉強熱心だね」
「うん。これはまひろをイメージして作り上げたものだから……」
「それはどういう意味かな?」
「あっ!! ……なっ、何でもない! 冗談を言っただけだから……」
ログハウスをイメージして作ったチョコクッキーの家の周りには、マジパンで作ったクリスマスツリーと雪だるま。白いシュー生地で作った雪。チョコクッキーの屋根の上はホワイトチョコでコーティングしていて、その上からアザランやシュガーをまぶして雪の輝きをイメージさせた。イチゴはハート型にスライスして正面を飾る。チョコで書いた『Merry X’mas』という文字はケーキの側面に貼り付けた。
見た目は至ってシンプルだけど、シンプルこそが何よりも代えがたい輝きを持っていることを知っている。
……でも、このケーキを作るのは二十五日が最後に。
「本当に二十四日で店を辞めるの?」
「店が忙しい時にごめん。俺の代わりに他の人のシフトを増やしてあげて」
「いや、他の従業員を総動員させれば済む話だから店の事は気にしなくていい。でも、それで後悔しない?」
「……多分」
俺はコンテスト前日にバイトを辞める。
理由はまひろから離れる為。この日を境に中途半端な気持ちにケリをつけようと思っている。まひろとは家が隣同士の上に同じクラスだから、改善できる所から一つずつやっていこうと思っている。
「星河……」
「ん?」
「このままでいいの?」
「えっ、何が?」
「まひろちゃんに気持ち伝えないの? 好きなんでしょ」
叔父さんに俺の気持ちはお見通しだ。
だから俺たちがケンカした時は、映画館のチケットを半分ずつ渡して仲直りのキッカケを与えてくれた。結局、思惑通り仲直りはできたけど、まひろから離れる計画はまんまと失敗した。
「どうしてまひろが好きだと気づいたの?」
「そりゃ、お前を見ていればわかるよ。まひろちゃんと話す時は楽しそうだし」
「っぐ!!」
他の人から見てもまひろへの気持ちはバレバレなのに、何故か肝心な本人には全然届いていない。
そもそも、あいつは鈍感な上に無自覚だから気づくはずがないと思っているけど……。
「……でも、もう好きになるのやめたんだ。好きでいてもメリットは一つもないし」
「そうかな。お前がそう思い込みたいと考えてるようにしか見えないけど」
「まひろが『星河なんて恋愛対象外!』と友達に言ってた時点で俺の恋は終わってた。だから、好きでいても失うものしかないし、忘れると決めて彼女作ったから」
俺は作業台に置いていたスマホ持ち上げて、いろんな角度からケーキの写真を撮った。
すると、叔父さんの声のトーンが変わる。
「本当にそれで後悔しない?」
それを聞いた瞬間、スマホにタップしていた指が離れた。
”後悔”と言われると自信がない。誰だって自分の未来が想像できないから。
「わかんない……。離れてみれば案外あっさりと気持ちが断ち切れるかもしれないし、更に恋しくなるかもしれない。どんな未来が待ってるかわからないけど、付き合ってる彼女を大切にしなきゃいけないし」
俺は自分を戒めるようにそう言い、再び写真を撮った。
すると、叔父さんは「自分を大事にしろよ」と言い、肩をたたいてから厨房へ戻って行った。
――結局、心の弱さが足かせになっていた。
もし自分がポジティブ思考だったら、ちゃんと『好き』と伝えていただろう。
まひろと上手くいったら最高の幸せを掴んでいただろうし、下手したらそこから切り抜ける方法を考えていたかもしれない。
でも、いまの俺はまひろを失う恐怖の方が圧倒的に上だ。郁哉先輩と接近してから更に思ってる。
それに、まひろもまひろで俺を女友達のように扱っているのか、思ったことをストレートに伝えてくるから俺の期待値が空回りして悪循環になっていた。
帰り道で久しぶりにまひろのインスタを開いた。
そこには、俺が昔作ったスイーツや出先のレストランやカフェで撮った写真をアップしてあった。
気持ちにブレーキをかけ続けていたから開くのは本当に久しぶり。だから、新しい写真が二つほど増えていた。
俺は運命の言葉を聞いたあの日を境に、インスタに上げている写真について触れなくなった。
昔は楽しみに見ていたけど、これからは知らない写真が続々と増えていくのかな。傷つく準備はまだできていないのに。