――週末の日曜日。
 今日はオープンから夕方までバイトに入っていて、十五時から入りの星河と勤務時間が被った。
 実は停電になったあの日からまともに顔が見れていない。でも、バイト先が一緒だから気まずくても喋らなきゃいけないのが難点だ。

 そんなことを考えている間にドアベルが鳴ったのでカウンターから出迎えると、そこには常連客の高齢夫婦の姿が。
 私は二人の前に行ってニコリと微笑みながら声をかけた。


「こんにちは。いいお天気ですね。今日もお二人揃ってお散歩へ?」

「えぇ、散歩の終点がこのお店でね。いつものお願いするよ」

「かしこまりました」


 彼らはオープン当初から毎週来店する大切な常連客。二人はとても仲が良くて、毎週カフェラテとチーズケーキを注文している。窓辺から差し込む光を浴びながら尽きない会話。まるで一枚の絵画のようにステキだ。
 私はカウンターでコーヒーを淹れているオーナーに言った。


「私も将来あんな素敵な夫婦になりたいな。大好きな人と毎週末にお気に入りの場所でデートしたい」

「あはは。まひろちゃんはどんな男性を捕まえてくるのかな」

「えへへっ。ドラマチックな恋をして、毎日幸せを与えてくれる人。これだけは譲れないです」


 オーナーはコーヒーカップをソーサーに乗せた後、カウンターへ置いた。


「実はね、ドラマチックって毎日生まれているんだよ」

「えっ」

「あの夫婦のように何気ない日々がドラマチックなんだよ。振り返った時に幸せだと感じたら、特にね。それに、あの夫婦が来店してくれることも、まひろちゃんがこの店で働いてくれてることも、星河が夢を目指していることも全てドラマチックなんだよ」

「つまり、私がこれからお客様にコーヒーを持っていくことも?」

「その通り。お客さんからしたら映画の一コマに見えているかもね。じゃあ、はい! 行ってらっしゃい」


 私はカウンターに二つ置かれたコーヒーをトレーに乗せて常連客の方へ向かった。 


「おまたせしました。カフェラテとチーズケーキになります」

「ありがとう。あっ、そうだ! 今日はクリスマスディナーを予約していこうかな」

「ありがとうございます」

「私たちは毎年ここでディナーを頂くのがとても楽しみでね。今年も期待しているよ」

「従業員一同、お待ちしてますね」


 この瞬間もドラマチック。そして、厨房で調理しているオーナーも、店の外掃除をしている星河も、お客様に接客している私も……か。
 私はオーナーに言われるまで日々のドラマチックを見逃していた。
 何気ない日常が、実は一つ一つが輝かしい瞬間だということを。


 チリンチリーン……。
 十六時過ぎ、ドアベルが鳴ったので目を向けると、そこには私服姿の郁哉先輩と友達の姿が。
 私はテンションがあがって急ぎ足でドアの前へ向かった。


「いらっしゃいませ〜。郁哉先輩! また来てくれたんですね」

「観葉植物が好きだから、この店のナチュラルな雰囲気が気に入ってね」

「ですよねぇ〜っ!! 私も店の雰囲気が好きで働きたいなと思って」

「まひろ、まずはお客様を席にお通ししないと」


 まるで先輩との会話を遮るように間に入ってきた星河は無愛想にそう言った。
 二人を席に通した瞬間、お冷とおしぼりとメニューが星河の手によって運ばれた。


 「形見のネックレスが見つかってよかったですね」


 私はそれを背中越しに聞き取ると、焦って振り返った。
 星河がどうしてその件を掘り起こしてきたのか理由がわからない。しかも、先輩は途中から私が一人で探していたと思っているのに。


「……あれっ、どうして君がそれを?」

「あの時は俺も一緒に探したんです。まひろが困っていたから」

「そそそそっ、そうなんですっ!! じっ……実は、言いそびれちゃたけど彼に一緒に探してもらってて……」


 星河の口を塞ぐようにすかさず間に入った。
 何故なら嫌な予感がしたから。


「そっか。それなら君にも礼を言わなくちゃね。一緒に探してくれてありがとう」

「お礼なんてとんでもない。俺はまひろが困っていたので手伝っただけですから」


 星河は凛とした態度で言い切ると、先輩は目が点になった。


「あっ、あぁ。…………もしかして、君はまひろちゃんの彼氏?」

「……いえ、幼なじみです」

「ふぅ〜ん。なるほど」

「では、メニューがお決まりになりましたらお呼びください」


 よくわからないけど、途中から口を挟めなくなるほど二人の間に冷たい空気が流れていた。
 私はカウンターに戻る星河の背中を追いかけて横からコソッと言った。


「どうして先輩に余計なことを言うのよ! ちょっとは空気を読んでくれない?」

「余計なこと? 別に何も言ってないけど」

「言ったよ! 自分で何を言ったか覚えてないの?」

「あぁ〜あ……。幼なじみじゃなくて、まひろの彼氏とでも言っておけば良かった?」


 星河は私の気持ちに勘づきながらも嫌味ったらしい態度でそう言った。


「余計なのはそこじゃない!」

「じゃあどこ?」

「ネックレスを私と一緒に探したってところだよ!」


 私がそう言うと、彼はカウンターの裏でピタリと足を止めた。


「……それ、余計なことなの?」

「えっ」

「本当のことでしょ。なのに、どうして俺が責められなきゃいけないの?」

「そ、それは……」

「それに、背伸びしなきゃ付き合えない相手なんて疲れるだけだろ。もっと身の丈にあった相手を探せよ」

「なっ、なによ! そんなの星河に言われなくても……」
「ほら、オーダーだよ。早く先輩のところ行っといで」

「……っっ!!」
 

 こんなことになるなら、星河にネックレス探しを頼まなきゃ良かった。
 トホホ……。先輩にどう思われちゃったかな……。さっきは何気ない日常がドラマチックだと思っていたけど、いまこの瞬間は明らかにドラマチックからかけ離れていた。