――十二月四日。パティシエコンテストまで、残り十一日。
俺のバイト代はほとんどケーキ材料代として費やしていた。バイトがある日は毎回ケーキを焼く練習をさせてもらっている。どうしてここまで力を入れてるかというと、優勝者には希望している専門学校の学費が半額免除になるから。
俺がサッカー選手になるのを夢見て応援してくれた両親の期待を裏切って製菓の道へ進んだから、せめて学費だけでも負担を減らしたい。
今日は行きつけのスーパーでケーキ材料を大量購入して店に向かってる途中、神社の前を通った。
そこでふと思った。
そうだ、コンテストで優勝出来るように神様にお願いしていこうかな。
俺はスーパーのレジ袋を持ったまま鳥居を通り過ぎて参道を歩く。ここへ来たのは今年の初詣以来でまひろと二人でおみくじを引いた。あいつは毎年大吉で、俺はいつも小吉。そんな小さなことでバカみたいにはしゃいでたりして。
本殿の賽銭箱に五円玉を入れて、神様に手を合わせた。
――どうか、パティシエコンテストで優勝しますように。
最後に一礼した後、再び参道を歩いて鳥居へ向かった。小麦粉四袋とバター二個と卵三パックが入ったレジ袋は、ずっしりと指の第二関節へと食い込ませる。早くバイト先へ行かなきゃと思っていた矢先、あるものに目が止まった。俺は思わず言葉を失う。
「う……そ……だろ」
そのあるものとは、大量に飾られている絵馬。しかも、見覚えのある筆跡に目線が吸い込まれる。
近くへ行き、その絵馬を手に取り日付を確認すると、十一月二十七日と書いてある。肝心な内容はというと……。
『星河がパティシエコンテストで絶対に優勝しますように! 頑張れ頑張れ! まひろ』
と、書いてあった。
俺はそれを見た途端、目頭がじわじわと熱くなった。
今日ここに来なければ知らず終いだったまひろの願い。俺のことを考えて神様にお願いに来てくれたんだなと思ったら胸の中で恋の音が止まらなくなった。
「なんだよ、これ……」
もう二度と好きになっちゃいけないのに。ぼたんと恋愛を楽しもうと決めたのに。
俺はまひろのことが忘れられない。
あいつが『距離をとろう』と提案してきた時は息ができなくなるくらい胸が苦しくなった。
でも、実際離れてみたら、まひろのこと以外が考えられなくなっていたし。
それに、まひろが郁哉先輩のネックレスを探していた時だってヤキモチを妬いてる自分がいたし、こうやって俺のことを考えてると知った瞬間だってやりきれなくなる。
恋心を認めたくなくても認めなきゃいけない現実。
まひろがもっと俺を突き放してくれればいいのに……。
俺はそのままUターンして再び神様の前に立った。財布を開けても五円玉がなかったから、十円玉を賽銭箱に投入した。
――神様。どうか、まひろのことが忘れられますように。
残念ながら、離れようとすればするほど好きな気持ちが膨らんでいく。
でも、叶えることが出来ない。それは自分が決めたこと。
俺は今回のコンテストで絶対に優勝してまひろから離れようと思っている。そろそろ離れる準備をしていかないと、幼なじみの関係を壊してしまいそうだから。