――小さな火種は延長線へ突入した。
 ただ、ケンカする気もない。ちゃんと話し合ってお互い納得した上での関係を保っていきたいと思っていたから。


 朝、学校に到着して前扉から教室内に入ろうとすると、ちょうど廊下へ出ていこうとしていた星河とばったり顔を合わせた。昨晩は何度もLINEを送っても既読マークがつかなかったから一晩中気になっていた。
 だから、今が接触のチャンスかと思って声をかけた。


「星河、おはよう」


 普段は言い慣れてる言葉も血が逆流するくらい緊張が走る。しかし、一度目はあったものの、彼は私を避けて廊下へ。すかさず目で追ったけど、彼は一度も振り返らない。
 その後も隙を見て話しかけようと思ったけど、ぼたんが星河の元を離れなくて結局話せずじまいに。
 渡しそびれたお守りは今日もポケットの中で眠ったまま。まるで今の自分を映し出してるかのように。


 ――午後十七時四五分、場所はバイト先。
 今日星河はシフトに入っていない。私はもう一人の大学生のアルバイトの人と分担してテーブルの片付けを終えてカウンターに戻ってふぅとため息をつくと、厨房で軽い拭き掃除をしていたオーナーがそれに気づいて声をかけてきた。


「ため息なんてついちゃって、どうしたの?」

「……あっ、いえ。何でもないです」

「そ? 何でもないっていう顔してないけど」

「えへへ……。バレちゃいましたか。オーナーには隠しごとができないみたいですね」

「話聞くよ。まひろちゃんさえ良ければ」

「ありがとうございます。実は……」


 それから私は厨房に入って、オーナーに昨日の出来事を話した。
 今日はその悩みを口にすることさえ辛くて拳を握るばかり。


「理解してもらえると思ってたのに、私の言いかたが悪かったのかな。星河があんなに怒るなんて……」

「もしかしたら、違う捉え方をしてしまったのかもしれないよ。それに、あいつも強情なところがあるし」

「そうかもしれない。今までこんなに大きなケンカに発展したことがなかったから……。このまま喋ってくれなくなっちゃったらどうしよう」


 私が落ち込んだ様子を見せると、オーナーは「ちょっと待ってて」と言ってフロアへ行き、レジ下にしゃがみこんで棚の下から何かを取り出して戻ってきた。


「よかったら気分転換に行っておいで」


 目の前に差し出されたのは、日時と座席番号の入った一枚の映画のチケット。
 しかも、その日程は明後日の土曜日の午前十時四十五分で、私が行きたいと思っていた恋愛映画だ。 


「えっ! こんな高価なものを受け取れません……」

「気にしないで。お客さんからの頂き物だから。どっちみち僕は仕事で行けないし、日時や場所など指定があるから処分に困っていたところだったんだ」

「じゃあ、遠慮なく頂きます。……実は、泣きたい気分だったからちょうどこの映画を観ようと思ってて」

「それなら良かった。でも、チケットは一枚しかないから他のバイトの子たちには内緒だよ」

「はい! 思いっきり泣いてきます」

「あはは。スッキリしておいで」


 私は気分が参っていたからありがたく頂くことにした。
 この一枚のチケットに、作品以上の涙が込められていることも知らずに……。