――場所は閉店後のバイト先。
 俺は厨房に入ってコンテスト用のケーキ作りをしていた。ノートの内容を頭に叩き込んであるから、あとはイメージ通りに作るだけ。
 今日でこのケーキを作るのも三回目になる。
 オーブンからケーキクーラーでスポンジを冷やしてる最中、私服に着替えて戻ってきたまひろは俺の隣に来てその様子を見た。


「ん〜っ! いい香り。スポンジの香りにつられて見に来ちゃった」

「……相変わらずお前は食いしん坊だな。匂いにつられるなよ」

「いいでしょ! 私は星河が焼くケーキが好きなの」


 俺はこのひとことさえ心温かい気持ちになる。
 まひろがこうやってケーキが作っているところを気にしたり応援してくれるから、逆に告白しなくてよかったと思えてしまう。


「イラストの通りに完成するかなぁ」

「できれば少しでもリアル感を求めたいかな。あの後何度もイラストを書き直したんだけど、あとひと工夫が欲しくて……」

「ツリーの葉の部分を飴細工にしてみれば? そしたらツヤ感が増すかも」

「それだと調理時間が足りなくなるし食感が変わるから難しい。それにクッキーの家の屋根には雪の代わりにアザランを散らしたいとも思ってて」

「それいいね! 可愛い仕上がりになりそう!」

「だろ」


 俺が作るケーキにはいつもまひろの想いが加わっている。制作は俺だけど、完成品は二人のものだと思っていた。
 だから、自然とまひろ好みに作ってしまう。


「……星河が羨ましいな。夢中になれるものが一つあって。私には人生の時間を注ぎ込みたいほどの夢が一つもないから……」


 まひろはスポンジを見つめたまましゅんとしてそう呟いた。


「夢なんて、案外近くに転がってるかもよ」

「そうかな。でも、全然見つからないから進路先をどうするか決まらなくて」

「俺はまひろがいなかったら夢なんて見つからなかった。それに、まひろの心強い応援があってこその今がある。だから、毎日感謝してるよ」


 ここまで気持ちが伝えられるのに、『好き』だけが伝えられなかった。
 見つめられている瞳に吸い込まれそうなくらい、俺はトクトクと心臓が優しい音を奏でている。 


「あっ……、ありがと。星河は製菓の専門学校に行くんでしょ。凄いな」

「別に凄くないよ。お菓子作りが好きで勉強が嫌いなだけ」

「製菓も勉強だよ」

「勉強だとしても好きなことなら夢中になれるよ」


 俺はそう言いながらスポンジをちぎってまひろの口に突っ込んだ。すると、まひろからは春を連想させるような笑みが生まれる。


「……やっぱりこの味が一番好き。星河のケーキはいつも幸せな味がする」

「そ? ありがと。まひろの夢が見つかったら俺も一番に応援するよ」


 俺はそう言いながら冷蔵庫を開いて生クリームを取り出した。すると、まひろが「あっ、そうだ! あのね、この前(じん)……」と言いかけるが、その言葉を遮るように作業台に置いてあるスマホの通知音が鳴って待ち受け画面がついた。まひろがそれに目を向けた途端、ポケットから上がりかかった手を再び奥へしまう。


「スマホの待ち受け画面……、スイーツ辞めたんだね」

「……あっ、うん」

「気に入ってるかと思っていたのに」


 それを聞いた途端、ぼたんと一緒に写っている画像を見られたと察した。
 まひろだけには見られたくなかったのに。
 でも、消えていく語尾に俺の気持ちは締め付けられていく。


「星河……さ」

「ん、何?」

「最近、私に次はどんなスイーツを食べたいかって聞かなくなったね」

「えっ」

「……ううん、いいの。そろそろ帰るね。ケーキ作り頑張って」

「うん、バイバイ」


 俺はまひろの些細な言葉でも期待してしまうし、態度一つで心が引き戻されていく。
 自分でもそれがダメだとわかっているのに……。